物欲子(ぶつよくこ)のブログ

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(おもに)物欲ぶつよくの記

『自分が人気がない理由』『不人気のわけ』を考えた。【それは『力』を人に与えられていなかったから‥】

みなさんは『人気者』でしょうか?私はもちろん人気がなく、学校でも職場でも浮いた存在でした。人気が無い理由は1個だけでなく、複数あったかと思いますが、最近思うのは「自分は『与えるものが少ない』人間だった」というのをよく考えます。

あくまで個人的見解で「これを読めば人気者になれる!」というわけではありません。でも、もし参考になることがあれば幸いです。

①『子供のころ、大人に親切にしてもらった記憶』

 

子供のころ、どこかのおばさん・おじさんに親切にしてもらった記憶ってないでしょうか?「大丈夫?」とか「1人で来たの?」とか「元気だね」と声をかけてもらった記憶。

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Sasin TipchaiによるPixabayからの画像

最近、ふと思ったのですが、いい年になった私が今それをできているかというと「否」なのです。本当に愕然としました。

(子どもが居ないので、どう接していいか分からないというのもあるにはありますが…。また、昔は大人が子供に声かけしたり注意したり、そうしたことがもっと自然な時代だった気もします。)

私が人から人気が無かった理由は、こうして人に『何か』を与えてこなかったことではなかったかとふと思ったのです。

『何か』とは色々あると思いますが‥。例えば、上の場合は見知らぬ子に対しても与えられた「親切」「気遣い」「優しい気持ち」だったと思います。

 

②『何か』を与えられること(『力』を分けれること) 

 

人に「何かをしてあげられる」人は、やはり人気があります

例えば「お金」。(お金は『力』が物体化しているので分かりやすい例です)

「気前のいい人」はやはり人気でしょう自分の『力』を分けてあげているのですから。

また「親から子への愛情」。親は子供を常に気にかけ、助けます。これも自分の「愛情という力」を子供に注いでいるわけです。

これが「自分の子供」でなく「赤の他人」であったら、あげる『力』も当然少なくなるはずです

 

【その他の色々な『力』】

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WikiImagesによるPixabayからの画像

 『笑顔や挨拶』 

むすっとしてて、挨拶もろくにしてくれない同僚もいます。

『笑顔』で感じのいい『挨拶』を率先してしてくれるのもその人の『力』を与えてくれているということなのではないでしょうか?

話かけてきてくれる』『楽しい話をしてくれる』も同様です。

相手の話を聞く

(内容のある話はいいのですが、)私は無駄話、長話、くり返し話に「自分の時間」をとられるのがイヤな「時間にケチな人間」でした。

でも、「気持ちよく聴いてあげれる」のも余力のなせるところではなかったかな?と今では考えています。

 

③『人気のない自分』

 

学生時代や昔の職場の私は、「頼まれたらやる」という受け身なスタイルでした。

(頼まれれば、助力は惜しまないつもりだったので、それがそんなに悪いという気もしていなかったのです。)

でも、率先して「どうしたんですか?」と声掛けしてくれたり、「何かあればやります」と自ら言ってくれる人の方が好まれるに決まっています。

これに対して私は、「これ位のことは多分1人でできるだろう」とか「困ってるんだったら言うでしょう」とか‥。

その上「自信も無い」ときていました。「私よりも他の人の方が詳しいんじゃないか?」「私に聞かなくても他にも人はいる」と率先して声をあげようともしませんでした。

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นัธทวัฒน์ วสันต์กนกพัชรによるPixabayからの画像 

こうした態度は「受け身」「冷たい」「まるで他人事」と思われていたことでしょう。(私は別に役になど立たなくてもよかったのです。「何か困ってないですか?できることがあればやります」という気持ちを示すだけで‥)

 

④『あなたは何もしてくれない‼』

 

こんなセリフ、彼女や奥さんから言われたことないでしょうか?

または、『全く頼りにならないんだから‼』と。

私は癇癪持ちの母に言われ、ギョッとなりました(世の男性の気持ちが少し分かる気がしました)。

これはやはり、相手や家族に『何か』を与えられていないのでしょう。「愛情」とか「優しさ」とか「気遣い」とか‥。

(今、私は家では、相手をなるべく観察してできる限り「どうしたの?」と声をかけたり、相手のして欲しいことを察っせるように努力をしています。「離婚」する夫婦には「あなたは何もしてくれない!」がもしかしたら多いのかもしれません‥)

「人間はそもそも個」という考えが私には強いらしく、そのせいで群れたり、人に干渉することも少なくきてしまいました。

でも、人に『力』を全く与えられないほど「余力ゼロなわけでもないな」と最近ようやく思い始めました。

 

最後に

 

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Paul BrennanによるPixabayからの画像

家族や友達には『力』を与えられても、それ以外の人には「ケチ」になってはいないでしょうか?もしかしたら、それが「自分の不人気原因」の1つかもしれません。

(また、身心とも疲れてたり、病気であれば、人に「余力」を与えられる状態ではないので、まずは健康であることが前提です。)

以前は挨拶1つでも、「あっちからは全然しないのに、なんでこっちから?」とまるで損をしているような気持ちになっていました。

一方、私に色々な『何か』を損得を考えずに与えてくれた人達のことを考えると、有難さや「器」の大きさを改めて感じます。

私が今さら「人気者」を目指すことはありません(もう何十年も遅い)。でも、「余力0」なわけではないので、今まで頂いた「親切」に対してお返しをていけたらな、と考えています。

私が受けた「親切」のように、見知らぬ誰かを助けられることもきっとあるでしょう。

そして自分が変われば、周囲の反応もきっと変わることでしょう‥。

‥ということで、『「自分の人気がない理由」「不人気のわけ」を考えた』でした!以上です、ではまた!