物欲子(ぶつよくこ)のブログ

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(おもに)物欲ぶつよくの記

『下街道を歩く⑤』(完結)(槇ケ根の追分まで)(岐阜県恵那市)

名古屋・栄から歩いてきた下街道ですが、やっと中山道へ合流します。

最終区間は、「稲荷神社」「釜戸かまど地名発祥の地」という下街道屈指の名所と中山道の南側を行くため、もう1つの中山道を歩くような不思議な気持ちになる区間です。

butuyokuko.hatenablog.com

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①謎のご神体をまつる「名滝稲荷神社」

 

【所在】岐阜県瑞浪市土岐町3534

この辺りの下街道からみえる山の上に点々とつづく岩石

あれはいったい何だろう?と気になっていましたが、正体は「屏風岩」とよばれる、現在はクライマーに人気の岩場でした。

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屏風岩(瑞浪市

この屏風岩を見ながら、しばらく歩くと「名滝稲荷神社」という神社に出ます。

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名滝稲荷の説明板

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本殿

この神社の本殿の向こうには先ほどの屏風岩が遥拝できます。

あっ、そいうことかー、とこの時は思ったわけですが。

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矢印方向に屏風岩

屏風岩に気をとられ、この境内に「奥の院」と呼ばれる巨石がゴロゴロする場所があったということにはまるで気づきませんでした。

どこにあった?そんなところ、ということでグーグルをみると、右側にもこもこと森が広がっています

どうもここに知る人ぞ知る巨石の磐座いわくらがあったようす。また再訪した際は、ブログにあげたいと思います。

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ちなみに屏風岩も気になる石ですが、登りたい方は下記サイトなどが参考になります。

 

しかし、この稲荷神社が屏風岩を遥拝する神社ではなかったのか、という考えは完全に否定できません。

また、説明には稲荷神社の創建は1768年とあり、「奥の院が稲荷神社を最初に祀った場所ではなかったか」あるのみで、拍子抜けするほどの情報の少なさ。

この神社の古い時代の祭祀などについては、さらに調べてみようと思います。

ちなみにこの神社の目玉はもう1つあり、それがこちら。

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力強い梁が印象的な「舞台」

江戸末期に建てられてたという村芝居用の「舞台」。もともと違う場所にあり、この場所へは明治10年に移転したといいます。

こんな野武士みたいな’村芝居の建物’、なかなかお目にかかれません。すごい凄みがあり、ぞぞっとしましたが、これを見れただけでもありがたい。

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異様な迫力にあふれる建物内部 補修の後が目立つ

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舞台からみえる客席側

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何かに使われることはもうないのだろうか

この「舞台」についても情報が少なく、瑞浪市観光協会はもっとアピールして欲しいと思ってしまう。

 

釜戸の由来

 

さて、稲荷神社の先に続くのが釜戸かまどという場所。

駅名くらいでしか知りませんでしたが、地名の由来となった場所があり、それがちょっと面白い場所でした。

【所在】岐阜県瑞浪市釜戸町1416

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釜戸地名発祥の地 

釜戸地名発祥の地」とあり、なになに?と読んでみると、時代は古く、平安時代

この場所の岩がご飯を炊く「かまど」に似ていることから、そう呼ばれはじめ、西行法師(1118-1190)の歌にもこの「かまど山」を詠んだ歌があるということなどが分かりました。

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木々の下の巨岩
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岩肌

写真は緑が生えてわかりづらいのですが、確かにカマドというかコの字型に巨岩が囲む場所で、そしてその真ん中は何だかじめっとしています。

巨岩の高さは、写真からは高さ8mとかそんな感じか?

これはすごい場所。隠れた名所とたいへん感心しました。

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カマドの置き物が気になる人も多いようだ

この巨岩の横には’中桐八幡神社’という神社があり、こちらもいわくありげなので参拝させて頂きます。

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境内にある謎の岩塊

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本殿も覆いがあってよく分からず

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摂社の後ろにある石は何だろう

神社の古い由緒はこれまた分からず、誰も人がいないので聞けないし、情報も少ないと。狐につままれたような気持ちになりながら、さらに先を進みます。*1

下は建物の下を流れる水路が気になる旅館・水月館さん。

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釜戸温泉・水月

そして、さらに進むと竹折たけおりという場所にでますが、ここにも目をみはるような素晴らしいお屋敷が。

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お屋敷との隣にある酒造りの工場

【所在】岐阜県恵那市武並町竹折1760

1823(文政6)年創業の「いとう鶴酒造」さんの建物で、残念ながら、2006年廃業と稼働を終えた姿でした。

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花畑

 

中山道に合流「槇ケ根の追分」

 

さて、もう恵那市に入っていて、合流地点はもうすぐそこなのですが、下街道の最後の部分をJRが削り、道が消えています。

とりあえず、北側の国道19号を渡ろうとしても渡る場所がない、車の往来が激しく横断もできないで焦りました。

結局、だいぶ行き過ぎてから渡り、中仙道に入って道を戻り、「槇ケ根の追分」に到着。

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(左)伊勢神宮遥拝所 (右)槇ケ根立場の茶屋の説明

そう広くもないこの場所に立て場があり、9軒もの茶屋があったとは、狸に化かされているような気持。

当時の往来が偲ばれますが、今は昔の物語の、たいへん静かな場所となっていました。

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槇ケ根の追分の跡地 下街道側はこれだろうか

現在の追分には、下街道側は完全に道がありません。手入れをされ、ハイキングコースになっている「中山道」との差を感じた最後でした。

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説明板

 

最後に

 

というわけで、下街道を名古屋から恵那市まで歩いた感想としては、

道が平たんで歩きやすい

 庶民の道、ショートカットの道というのも納得。

難所がない(内津うつつ峠くらい)

③高山宿辺り(土岐市)からは、特に街道の面影が残る

④北を走る中仙道との並走感が面白い(恵那市

⑤びっくりするような見どころもあるのに(内津峠内津神社・奥の院穴弘法稲荷神社釜戸地名発祥の地など)、あまり知られておらず、情報も少ない。

ということで、歩かれる方には内津神社高山宿槇ケ根などが雰囲気が残り、おすすめです。

 

次回は、見逃したケ所に行き、今回分からなかったことを調べようと思いながら、

以上、『下街道を歩く⑤』(完結)でした!ではまた!

*1:引用:「大昔から祠が祀られていた場所に旗本馬場氏が八幡神を祀ったものといわれます。」(瑞浪市のHPの「中桐八幡神社鳥居」より)