物欲子(ぶつよくこ)のブログ

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小説に出てくる『座敷牢』とは?【後編】 (呉秀三・堅田五郎『精神病者私宅監置ノ實況及び其統計的觀察』より)

小説などに出てくる『座敷牢』の実際が知りたくて、明治大正時代の記録『精神病者私宅監置ノ實況及び其統計的觀察』を読んでみた【後編】になります。読んで驚いた例、思ったことなどを書いて行きたいと思います。

butuyokuko.hatenablog.com

【驚く例①】 一家に2人も「被監置者」がいる例

 

あげられた例のうち、一家に複数の「被監置者」がいる例がありました。父と息子(15例と16例。51例と52例)、兄と妹(36例と37例)という組み合わせで、それぞれが牢に入れられているというものでした。

1人だけでも大変なのに家族2人とも座敷牢とあっては、その家族はもう回復できないのではないか、という絶望的な気持ちになった実例でした。

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隣り合う2つの監置室

【驚く例②】 殺人者も私宅監置?

 

「被監置者」が通行人を殺害(26例)。妻と実母を惨殺(29例)という例も見られました。いくら病人とはいえ、殺人まで犯してしまった人物を自宅で看るのはさすがに恐怖を感じるのですが、当時は精神病者が犯罪を犯しても心神喪失のせいとされ、罰則は無かったそうです。その為、そのまま「私宅監置」が続けられたわけですが、今の感覚からするとかなり異様な感じがします。*1

 

①「キツネ払い」の祈祷や民間療法  「墓場の死体の骨ぐすり」

 

精神病になった場合、ワラにもすがる思いで家族は神社仏閣を頼りました。呼ばれた御嶽山おんたけさん成田山などの行者・巫女などから狐憑とされ、祈祷を受けることもありました(昭和・平成になっても狐の所為として、殴打・暴行し、患者を死なすという事件があったことなどが思い起されます)。

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k_notgeilによるPixabayからの画像 

また精神病に霊験があるとされた神社仏閣への参籠・合宿も行われました。患者自身が念仏や滝行を行い、講話を聴いたり掃除をしたり、といったメニューでしたがやはり治らない人も多かったことでしょう。

ほかに精神病・脳病の民間薬なども出回っていました。猿の頭蓋骨、キツネの舌の黒焼き、鹿の胎児の黒焼き、鳶の黒焼き、センザンコウの粉末、牛黄ごおうホオズキや蕗ふきの根などといったもので、猿の頭でもセンザンコウでもだいたい黒焼きにし、粉末にして服用させています。

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センザンコウ  U.S. Fish and Wildlife Service Headquarters - Manis pentadactyla, CC 表示 2.0, Link

また本の中には、へその尾墓場の死体の骨を盗んできて煎じて飲ませた、という例も出てきます。

中国の「同物同治どうぶつどうち」という考え方も頭をよぎります。同物同治は肝臓が悪ければ(動物などの)肝臓を食べるとよい、などとするものですが、猿の頭蓋骨を脳病の薬とするのはそうしたせいでしょうか。*2

どれもとても効く気はしませんが、可能性を求めて何でも試させたことが窺えます。

 

認知症も精神病?

 

閉じ込められた人々がどんな問題行動をしていたのかというと、徘徊、会話不能・独語・奇声、暴力、不潔行為*3などの記述を多く目にしました。

あれ?これって認知症で?認知症は精神病というより、(脳の)神経疾患のイメージだったのでどこからどこまでが精神病の領域なのかが分からなくなり、戸惑ってしまいした。*4 こうした病気の線引きは時代によって変動し、当時は癲癇てんかんも精神病とみなされていたそうです*5

 

③患者も家族も悲惨

 

劣悪な環境に閉じ込められた患者も悲惨ですが、その家族も悲惨です。ただ治りさえすればと様々な手を尽くし、治らず何年何十年と続けば、「被監置者の死を望むものの如くなる」「死の速やかなるを冀こいねがふものの如し」という冷淡な気持ちに傾いていっても仕方ないような気がします。現代でも「介護疲れ」に苦しむ家族の話を耳にすることがあります。

 

最後に(結局、座敷牢でどうなったのか?)

 

予後を追ったレポートはないので、「被監置者」がいったい何年生きたのか?改善したのか分かりませんが、おそらく死期は早まったのだろうと思います。

 

外気にさらされ、地面は底冷えし、ジメジメとして換気も悪く、光もささない。掃除・洗濯もされなければ虫も湧き、皮膚病や感染症になったかもしれません。粗末な食事では生命をつなぐのもギリギリだったかも。

真っ暗な悪臭のする部屋でなすこともなく、家族にも冷淡に扱われれば、ますます病状も進行していったことでしょう。その後、外に出れたとても監禁で足が硬直し、立てなくなったり歩けなくなる後遺症が残ったかもしれません。

 

結局、著者の呉くれが強く主張した「私宅監置の廃止は1950年まで実現しませんでした。またもう1つの主張であった官公立病院の設置ですが、このレポートの提出もあり、「精神病院法」(大正8年)が成立することになります。この中で道府県に公立精神科病院の設置が命じられたのですが、財政難などから設置は進みませんでした。

それでも世の中へ一石を投じた意味は大きかったと思います。

 

惨憺たる内容のレポートなのですが、過去に決して逆戻りさせてはいけないと思ったことと、知ることはとても重要、と教えてくれる1冊でした。

‥ということで「小説に出てくる『座敷牢』とは?【後編】」でした!以上です、ではまた!

*1:現代は心神耗弱であっても厳罰化を望む風潮で、凶悪犯には重い判例も出る。

*2:同じ病気で亡くなった人の遺体を食べると病気が治る、という迷信があったと書かれた記事も。人の死体を掘り返して食べる「疱瘡婆」疾病の恐怖、時代を越えて毎日新聞

*3:糞便をところかまわず塗りたくったりする。

*4:今の認知症を調べると精神疾患とも神経疾患とも書かれ、精神科・神経内科・脳外科それぞれに認知症を専門とする医師がいるという。

*5:現在では神経疾患に分類