物欲子(ぶつよくこ)のブログ

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『うだつの町並み』① 戦国武将 「金森長近の城下町と上有知湊」(こうづちみなと)【岐阜県美濃市】

 6月中旬、岐阜県美濃市に行ってきました。美濃市と言えば、郡上八幡の南に位置する川湊と和紙の町のイメージです。そして、和紙や水運で栄えた「うだつのある街並み」で有名です。「長良川鉄道」で行ってきました。

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意図せず、長良川鉄道の観光列車『ながら』に乗ることができました(喜)

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座席のシートの柄も少しづつ違います。可愛い!

さて、美濃市駅で下車して7・8分も歩くと、やがて伝建地区重要伝統的建造物群保存地区)に入ります。

①『うだつのある町並み』

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いよいよ「町並み」が広がってきます

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「コロッケ」で有名な「喜楽精肉店」さん

(8時からの営業なので、8時台でもコロッケを買うことができました)

 

ここ『美濃町』は、「金森長近かなもりながちか(初代 飛騨高山藩主)によって、城下町として整備されました。

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『金森長近像』(1524-1608)   東京大学史料編纂所データベース/ Link

長近の居城が小倉山城*1で、その城下が「美濃町」ということになります。

 

この時、美濃町「目の字型」(東西2本の通りと4つの横町でつないだ通り)に整備をされました(町の始まりを想像しながら歩くと楽しいです)。

「飛騨高山」の城下町を作ったのもこの長近ですが、「飛騨高山」の方は養子に譲っています。

自分はここ上有知こうづち(今の美濃市)に移り、「上有知藩」2万石の初代藩主となりました。

 長近は、85歳という長命で亡くなります。

2代目藩主になったのは、長近82歳の時の子供()ですが、7歳で夭折してしまい、

上有知藩は断絶します(その後は幕末まで「尾張藩領」)。

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「小坂酒造場」

1772年から酒造業をされている「小坂酒造場」さん。

この「伝建地区」で「最も優美なうだつ」と説明がありました。

(両側に綺麗なカーブのうだつがあがっています。優しい曲線。)

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おや、2つの「うだつ」が競っています(写真真ん中)

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競りあう2つの「うだつ」

左側が「平田家住宅」で、右側が「古川家住宅」です。

(ほぼ同時期ですが、建築年は「古川家」が少し後だそうです)。

両方とも明治時代の「うだつ」で、とても立派で張りがあってかっこいいです。

 

ここ『美濃町』はすぐ横を流れる長良川の水害をさけるため、少し高い場所に築かれました。その分水利が弱く防火対策としての『うだつ』が作られはじめた、といいます。

その後は「美濃町」の発展とともに、商家の経済力の誇示としてうだつが盛んに上げられるようになったそうです。

 「卯建は一生に1度あげれるかどうかというしろもの」という話を聞いたことがあります。当時は、商人としての一生の「甲斐性」の証しだったのでしょうか?(現代ではどうもピンとこないところもありますが‥)

 江戸時代まで家屋の建築制限があり、明治に入ってそれもなくなり、以降うだつに乗る瓦は大きく、装飾も華美になっていったそうです。

 現在、伝建地区では20数軒が『うだつ』をあげているそうで、確かにうだつだらけでした!

「経済力のある商家ぞろいの町だったんだなぁ」と感心しながら見て回りました。

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いたるところに上がる『うだつ』

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『うだつ』が珍しくなくなってきた‥

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川湊に行く途中にみかけた屋根の面白い家

②『上有知湊こうづちみなと

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長良川河畔(昔はここを川船がひっきりなしに往来したのかな?)

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奥に「美濃橋」がみえるのんびりとした風景

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『上有知湊』の「住吉灯台

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絶好の写真ポイント。絵になります。

幕末の川湊の灯台が残っているのが珍しいです。高さ8m、威風堂々としています。

明治末に電車が開通して船運がすたれるまで、相当な繁華な湊だったのでしょう。

(『うだつ』がそれを証明していると思うのですが、今では想像しづらいです‥)

川湊から、今度は「長近」の小倉山の「城跡」に行ってみることにします。

『うだつの町並み』②へ続きます。

butuyokuko.hatenablog.com

*1:長良川川畔の小倉山に建てられた。