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江南(こうなん)市って何があるの?~信長と吉乃~【生駒屋敷(小折城)、久昌寺、荼毘地、宝頂山墓地】

江南市って何があるのでしょうか?一番有名なのは、藤の名所「曼荼羅寺でしょうか?尾張のこのあたりって、戦国武将のふるさとのイメージでいろんな歴史がつまってる感じです!前回の続きで、岩倉街道を北上します。

butuyokuko.hatenablog.com

「生駒屋敷(小折こおり城跡)」(江南市小折町)

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「生駒屋敷」の石碑がのこる

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説明板

この辺りは生駒氏の在所で「小折」というところです。

生駒氏は室町・戦国にかけて、この地域の強力な武家商人であったようで、お屋敷がこの場所にありました(現在は城跡の石碑のみ)。

 

かって小折は、街道沿いの要衝の地で、馬借として財をなした生駒家の屋敷には、まだ若い信長、秀吉、蜂須賀(後の徳島藩祖)らが出入りをしたといわれます。

 

そして生駒氏の娘「吉乃きつのは信長の側室になって、2人の間に信忠・信雄・徳姫と3人のこどもが生まれています。

20代前半のまだ若い信長が、年上の吉乃のいるこの生駒屋敷へ馬で通ったのかな?という想像するのも楽しいです。誰だって若い時はあったのでしょうから‥。

 

「久昌寺」きゅうしょうじ

 

小折城跡のすぐそばに、久昌寺という生駒家の菩提寺があります。

「生駒家」の墓地が壮観で、「確かにここに生駒家が存在したんだなぁ」という感慨がわきました。

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歴代の「生駒家」当主夫妻が眠る墓地群

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一番右が「吉乃さん」のお墓

「吉乃の方」の荼毘地

 

久昌寺からすぐそばの吉乃の方が荼毘にふされた場所をめぐります。

吉乃の方は30代後半で若くして亡くなったそうで、はかない感じがせつないです。

ここの荼毘地から、吉乃と信長が暮らした小牧山城(愛知県小牧市)はたぶん見えたんでしょう(あいにくこの日はそれを忘れていて確認せずでした)。

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「吉乃の方」の荼毘地

『宝頂山ほうちょうざん墓地』

 

そして、『宝頂山墓地』へと移動します。

ここは初めてでした。山というから、山の上にあるのかと思いきや、まわり田んぼでびっくりしました。

ここも生駒家のお墓です(先ほどの久昌寺のお墓とメンバーが一部かぶる)

もともと5代目当主(吉乃の甥)の隠居所で、5代目を中心にお墓が構成されていました。家型石廟のお墓がそれで、なかなかお目にかからないいいお墓です。

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宝頂山墓地

小折には、1km位の間にお屋敷、菩提寺氏神とそろっていました。昔の生活圏ってこんな感じなのでしょうね。

小折を散策したあとは、最終目的地の曼荼羅寺を目指して、さらに北へむかいます。

また、今回は散策しませんでしたが、江南駅前の古知野こちの商店街もレトロでおすすめです。嵐主演の黄色い涙(2007)でもロケ地になりました。

‥ということで、江南市って何があるの?』でした!以上です。

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