物欲子(ぶつよくこ)のブログ

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小説に出てくる「座敷牢」とは?【前編】 明治大正の写真を掲載した『精神病者私宅監置ノ實況及び其統計的觀察』を読む

昔の小説を読んでいて、座敷牢や土蔵の牢に監禁されるなどの設定を目にしたことはないでしょうか?座敷牢や土蔵の牢のインパクトは大きいのですが、実際に目にしたことはないのでどこまでも想像のものでした。

今回、明治大正のいわゆる「座敷牢」を実地調査した本を読んだので、その内容と感想について書いてみたいと思います。

はじめに(物語に出てくる座敷牢など)

 

座敷牢」と聞いて最初に浮かぶのは、島崎藤村の小説『夜明け前の主人公 青山半蔵はんぞうです。

モデルとなった島崎藤村の実父は精神を病み、実際に座敷牢に閉じ込められて亡くなっています。

また勝海舟の父・勝小吉こきちが、不行跡から座敷牢に押し込められた逸話も浮かびます。*1

他にも、明治に起こった「相馬事件」は精神を病んだ旧相馬藩主が座敷牢に閉じ込められ、これを不当とする旧家臣が訴えて法廷闘争となり、全国的に有名となった事件でした。

また座敷牢ではありませんが、瘋癲院ふうてんいん・癲狂院と呼ばれた昔の精神病院が舞台になった夢野久作の小説『ドグラ・マグラ』も強いインパクトがありました。

 

こうした昔の小説や話に散見される「座敷牢」ですが、現在では見ることはありません。

昭和25年、精神衛生法の施行で「私宅監置かんち(いわゆる座敷牢など)が廃止されたからです。

(沖縄には当時の監置小屋が残るそうで、現在目にすることができる貴重な建物となっています。)*2

 

呉秀三堅田五郎『精神病者私宅監置ノ實況及び其統計的觀察』(大正7年=1918)

 

この本は、東京帝国大学の精神病学の教授であった呉秀三くれしゅうぞうが、明治43年から大正5年にかけて、助手などを各地に派遣して「私宅監置の状況」を視察した記録です。*3

観察内容は、患者の様子・病歴。誰が世話しているか?家の資産の様子について(裕福か裕福でないか)

建物に関すること(立地・サイズ。採光・通風。トイレ・洗面所の設備はあるか?)

患者の生活に関すること(衣服、食事・入浴・運動、娯楽。医療・投薬はあるか?警察の巡回の数など)などが項目ごとに記述されています。

視察した悲惨な様子から、 呉はこの本の中で「私宅監置」を廃止し、官公立病院の設置を強く訴えます。その結果は後述することにし、本の内容をもう少し見ていきたいと思います。

原著は漢字カタカナ交じり文で読みづらく、146pを読むのに3日かかりました。

また、国立国会図書館データベースでも読むことができます。

上の現代語訳を読む方がおすすめかもしれません(概説もあるでしょうし)

 

②「私宅監置」とは?

 

精神を病んで暴れる家族を自宅の部屋や檻に閉じ込めるということは昔からあったのでしょう。

これ以外に方法がないと思われ、また、江戸時代の「生類憐みの令」で捨て犬と同じく捨て病人を禁じているところを見ると、病人を捨てる・放逐するということもされていただろうと想像できます。

明治以降の「私宅監置」は、精神病者の身内などが行政庁に届け出、自宅に「監置室」を作り、そこで面倒をみるという制度でした。

監置する場合には医師の診断が必要で、監置室の規定(広さなど)もあり、警察官の巡回があったりで、江戸時代より公的管理の下に置かれました。

ただ、危険人物を外に出さないようにしようというもので、治療をしようという趣旨のものではありませんでした。

病院はどうだったのか?というと病床数が少なく、入院費・治療費も貧しい家庭には負担で、私宅監置は多かったようです。

 

③実際の様子(写真など)

 

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精神病者私宅監置ノ實況及び其統計的觀察』(創造出版)52pより

白黒で不鮮明ですが、まるで動物の檻のようです。

母屋内に設置された場合は、家族の目にもつき、まだ手をかけてもらえたことでしょう(これがいわゆる「座敷牢」です)

敷地内に別棟として作られた場合にはまた様子が変わります。

蔵や物置を改造したり、掘っ建て小屋を建てたりしたものです。外気は厳しく、地面近くの床板はジメジメして、窓も無くて真っ暗闇という監置室が普通に出てきます。

また、高さが150-120cmという「立てないじゃないか!」という悪意しか感じないひどい例もあります。

天井がないと書かれた例もあり、理解に苦しむのですが、建物の隣に建てられているので、その庇が天井代わりということなのでしょうか?)

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精神病者私宅監置ノ實況及び其統計的觀察』60pより

暗闇の中、アカに汚れたボロボロの服をまとい(あるいは全裸で)、部屋に生活用品は何もなく*4、糞便で汚れたまま掃除はなされず、檻に入ったきり1度の入浴もない、などとという記述は珍しいものでなく、悪臭と悲惨さで「あたかも動物小屋を観るがごとし」という感想も散見されます。

また食事に関しては、家族と同じものを食べるというものもあれば、食事を忘れられていたり、腐ったまま放置されているという例もありました。

排泄については、床下に穴を設けてそこから排泄する式が多く見られました。

床下に甕・樽・箱を置き、ある程度溜まったら捨てたようですが、床穴下がぼっとん便所とあっては臭いは相当きつかったはずです。

排泄場所を設けず、檻から外へ放尿とか、排泄物が堆積したままとか、人として遇されていない悲惨な例がたくさん出てきます。

 

ということで長くなりましたので、一度切って【後編】に続きます。

butuyokuko.hatenablog.com

【参考】『こんな木造小屋に20年も‥失恋を機に”閉じ込められた”女性 浮かび上がる社会の過ち沖縄タイムス2020年1月23日    上記など「沖縄タイムス」のサイトで「私宅監置」の記事を読むことができます。

*1:本人の回想録『夢酔独言』に詳しい。小吉の場合、精神病ではなく、生活態度が悪く監禁された。

*2:1972年まで沖縄では私宅監置が行われた。「小屋が物語る闇の歴史 沖縄に残る私宅監置跡沖縄タイムス2018年3月17日

*3:調査した監置室数364ケ所。そのうち105ケ所が記載されている。

*4:患者が衣服・寝具をぼろぼろにしてしまうという理由もある。