物欲子(ぶつよくこ)のブログ

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(おもに)物欲ぶつよくの記

「粘菌(ミナカテルラ・ロンギフィラ)」探しが楽しめる美味しい餡パン饅頭『南方熊楠っまんじゅう』【菓匠 二宮】【和歌山県田辺市】

前回の「闘鶏まんじゅう」と一緒に取り寄せた『南方熊楠みなかたくまぐすっまんじゅう』。南方熊楠(1867-1941。博物学者、民俗学者)の好物のあんぱんをイメージしていたり、饅頭の入ったお菓子箱にもエピソードがあったり。そして、熊楠が発見した『粘菌』の刻印入りまんじゅう探しを愉しめるという、遊び心のあるお菓子でした。

①「マッチ箱」風は、粘菌の「標本箱」をイメージ

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色合いの美しい包装。とぼけた熊が可愛い。

熊は「熊野」だし、熊楠の名前にも「」が入っていますもんね。

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開けるとすでに標本箱ぽい

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個包装の1個1個の箱がまた凝っている

これらの絵は、熊楠さんが書いたスケッチを元にしたものも多いのかな?特に猫の絵などはそれと分ります(猫好きで、飼い猫にチョボ六と名前をつけていました)。

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側面にもびっしりとクマグス情報

側面に見える楠爺くすのきじいは、熊楠がその名をもらった白神社和歌山県海南市)のクスノキの巨木のようです。

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白神社クスノキ 663highland , CC 表示 2.5, Link

この藤白神社で名前をいただくと*1子供が健康で長生きをすると信仰されたのだそうです。

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それぞれ書かれていることが違う。読み応えアリ

さて、この箱の形。これは熊楠が標本箱に使ったマッチ箱をイメージしているのだそうです。

紙の箱といえば‥ 昭和4年、生物学・博物学に興味のあった昭和天皇は、田辺市神島かしまを訪れます。

戦艦長門の中で30分ほど、熊楠から生物学の話を聞き、粘菌の標本など100点以上を贈られています。この時、標本箱にお菓子の箱(キャラメル箱など。マッチの箱もあったのかな?)を使ったというのがエピソードとして有名です。

 

軽いしピッタリな気もしますが、不敬だと怒られなかったかな?(当時は、桐箱に入れて献上するのがふつうだったようです)

この箱の中にあんぱん饅頭が入っていて、どれか1つが当り(?)の粘菌柄ということで1個づつセッセッとあけますが、なかなか出てきません。1/8ですもんね‥。

 

②あんぱん大好き熊楠さん

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やっと終わりの方ででました!

やっと出ました、ミナカテルラ・ロンギフィラとやら!*2

一見クローバーのようですが、長い糸状の粘菌で、這いずる時はこういう形みたいです。和名は「ミナカタホコリ」だそうで、ホコリっぽいの?

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はずれ(?)の熊ちゃん。「ぐすっ」と笑っている

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サイズは5.5cmほどと小ぶり

さて、お味はというと‥。「ウマー!、何じゃこりゃ?」とビックリするくらいの激うま饅頭でした。前回、紹介した「闘鶏まんじゅう」ももちろん美味しかったのですが、多分、こっちの方が人気かも‥。

黒色のあんこがそこまでな私ですら感心するほどのあんこの美味しさ。甘さ控えめでバランス絶妙。何個もいける。皮もしっとりとして確かにあんぱん感がある。これは美味しい‥、感心しました!

‥さて、熊楠さんはアンパンが好物で、徹夜の時はアンパン6つと決まっていたそうです。睡眠時間も少なめだったようで、好きなアンパンを食べながら、研究生活に励んでいたようです。

 

③「粘菌=変形菌」がどこかでブームらしい?

 

知りませんでした!そうなの?

そもそも「粘菌っていったい?」ですが、今は変形菌と呼ばれることも多いようです。菌とついてるので紛らわしいのですが、菌ではない

アメーバのような単細胞生物でふだんは這いずったりしていて、飢餓状態に陥った時などに集合し胞子を飛ばすという、植物的要素を持った生物ということです。

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キイロタマホコリカビの子実体(集合した状態) Tyler Larsen , CC 表示-継承 4.0, Link

見た目に変化がありよく見ると美しいものもあることから、近年人気のようです。

きれいで ふしぎな 粘菌 (森の小さな生きもの紀行1)

きれいで ふしぎな 粘菌 (森の小さな生きもの紀行1)

  • 作者:新井 文彦
  • 発売日: 2020/12/12
  • メディア: 単行本
 
美しい変形菌

美しい変形菌

  • 作者:髙野 丈
  • 発売日: 2018/06/11
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 こんな綺麗な本も出ているのか‥、図書館で探してみようかな。

 

最後に

 

南方熊楠っまんじゅう』がびっくりするくらい美味しいあんぱん饅頭であったこと。また「粘菌」がどこかでブームになっていること。発見でした。

今から100年以上も前に世人が気づかない「粘菌」の不思議さ、美しさに気づけたこと。一生涯、自分の興味のあるものを追求し続けたこと。

こんな幸せな人生を送った人はそうそういない‥。自分もそうなりたい‥と思った「熊楠っまんじゅう」でした。

‥ということで、以上、『粘菌探しが楽しめる美味しい餡パン饅頭』でした!ではまた。

 『南方熊楠っまんじゅう』〘菓匠 二宮〙

【内容】8個入り 【値段】2160円

【日持ち】10日くらい 【買える場所】お店かオンラインショップで。

【住所】和歌山県田辺市下屋敷町27番地

butuyokuko.hatenablog.com

*1:「藤」「熊」「楠」などの文字をつける。

*2:大正10年に自宅の柿の木から発見した新種の粘菌。

『闘鶏まんじゅう』と『闘鶏神社』と『南方熊楠』(「ニワトリ紙相撲」で闘鶏体験)【菓匠 二宮】(和歌山県田辺市) 

今回は、以前から気になっていた『闘鶏とうけいまんじゅう』を取り寄せました。「闘鶏まんじゅう」はタイトル通り、紙相撲ができる。箱や包装がトンデモナク可愛い。南方熊楠ミナカタクマグス闘鶏神社源平合戦など和歌山の歴史マンサイの素敵なおまんじゅうでした。

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(※ 闘鶏神社の参道に「菓匠 二宮」さんはあります)

①可愛い包装と気づかいにメロメロ

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あー可愛い包装!

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おまけして頂けた『闘鶏ブレンド』コーヒー。パンフ、包装紙。

包装が可愛すぎて、自然と笑顔がこぼれます。

また一緒に入っていた自筆のお手紙。シール、マスキング‥、細部に到るまでお店の方の女性らしさが感じられて、嬉しくなってしまいました(女性らしさに飢えている方はここでお取り寄せするといいかもしれません‥)。

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可愛いパンフを隅々まで読んでみる。熊は「熊野くまの」だから‥

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「熊野詣もうで」や「南方熊楠」の話が書かれています

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コーヒーを早速いただきます

コーヒーを語れるほど詳しくないのですが‥(苦味とか酸味とか焙煎とか)。

とっても美味しいコーヒーでした。マイルドで飲みやすかった。

 

②『闘鶏まんじゅう』の味

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包装をといて開けてみると‥

うわー可愛い!紅白のニワトリさんたち。かたちは例の「ひよこ」に似ています。

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見上げるつぶらな瞳

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開けると、「ニワトリの皮」をかぶったヒヨコか、羽根をむしられたトリが出てきます

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【左】赤ニワトリの梅あん 【右】白ニワトリのゆずあん

赤と白と2色あったのは味の違いでした。梅とゆずはそれぞれ和歌山の特産なのだそうです(そういえば、南高梅なんこうばい、有名でした)。

赤も白もシットリとして、赤は梅のすっぱみ。白はゆずの風味とどちらも美味しいです。けっこう甘いのですが、少し小ぶりなのでバランス的にいい感じです。

③なぜ「闘鶏まんじゅう」?

 

平家物語のエピソードからでした。

源平合戦のおり、熊野別当湛増(弁慶の父)は源氏につくか平家につくかで悩み、神意を問うて、闘鶏神社の前で紅白の鶏を戦わせます。その結果、白ニワトリが勝ち、源氏に加勢することを決めます。湛増は一門の者約2000人とともに200余隻の船で壇ノ浦に出撃した、と物語の中で語られます。*1

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「闘鶏神社」 user:KMR , CC 表示-継承 3.0, Link

「闘鶏神社」は昔は違う呼び名だったようですが、『平家物語』の故事から「闘鶏権現」などと称されるようになったのだそうです。

菓匠 二宮」さんはこの闘鶏神社の参道にあり、参拝客の休憩所としても親しまれるご縁から「闘鶏まんじゅう」を作られているようです。

 

南方熊楠との深い関係

 

南方熊楠(1867-1941)は和歌山生れの博物学者・民俗学者で、「粘菌ねんきん」の研究や昭和天皇へのご進講で有名ですが、この「闘鶏神社」とも深い関係がありました。

1つは、ここ田辺市に住み研究生活をしていたこと。もう1つは奥さんが「闘鶏神社」の宮司さんの娘さんだったことです(これは知りませんでした)。

この近くには「南方熊楠顕彰館」があり、寄贈された熊楠先生の遺品が見れるのだそうで、行ったことは無いのですが、もうすぐにでも行ってみたい!

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若いころのイケメン熊楠さん パブリック・ドメイン, Link

 

⑤最後に 『あの「闘鶏」の感動を紙相撲で』

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紙相撲用に、コワモテの「にわとり力士」がついています

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童心に戻って‥

さて、闘鶏は「鶏合わせ」*2と呼ばれ、『日本書紀』にもその記述がみられるくらい古くから親しまれていたようです。身近なすぐにできる娯楽として、世界各地で古来から「闘鶏」が愛好されたことは何となく想像できます。

そうした伝統を踏まえ(?)、大人の愉しみとして何かを賭けて「賭博」として楽しんでみたい気もします(笑) 神事と賭博って、近いところにあるんでしょうね。

 

 ホンモノのニワトリ同志ではどうも気の毒なので、紙で十分かな?と思いながら‥、

以上、『『闘鶏まんじゅう』と『闘鶏神社』と『南方熊楠』(「ニワトリ紙相撲」で闘鶏体験)』でした!ではまた!

 『闘鶏まんじゅう

【内容】9個入(赤4、白5) 【価格】1620円

【日持ち】1週間くらい 【買える場所】お店かオンラインショップなど。

*1:引用:「また紀伊国の住人熊野別当湛増は平家重恩の身なりしが忽ちに心変はりして`平家へや参らん源氏へや参らん`と思ひけるが田辺新熊野に七日参籠し御神楽を奏して権現に祈誓を致す`ただ白旗につけ`と御託宣ありしかどもなほ疑ひをなし参らせて白き鶏七つ赤き鶏七つこれを以て権現の御前にて勝負をせさせけるに赤き鶏一つも勝たず皆負けてぞ逃げにける`さてこそ源氏へ参らんと思ひ定めけれ(日本古典文学摘集『平家物語』巻⑪七「鶏合わせ」より)

*2:現在でも神事として行っている神社もある。

芸能人の結婚と離婚のコメントを交互に見くらべる【河野景子さん】【保阪尚希さん&高岡早紀さん】【安達祐実さん】

芸能人の結婚、離婚、特に興味はないという人も多いかと思います。でも、好きな芸能人さん、興味のある芸能人さんのコメントは少しだけ気になりますね。今回は河野景子さんの再婚報道をきっかけに、気になる芸能人さんの結婚、離婚のコメントを見比べてみました。

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Scott WebbによるPixabayからの画像

きっかけ

 

昨年、河野景子さん(56)が再婚予定であるというニュースが流れました。

その河野景子さんのコメントを見ていて、ふと貴乃花との結婚式のことを思い出しました。当時の披露宴は時代的に豪勢で、招待客も多くって、有名な2人の披露宴は日本中の話題となったものでした。

 

あの時、2人はお互いのことをなんて言ってたのかな?

幸せな結婚時のコメント。気持ちが離れた離婚時のコメント。交互に見比べて、人の心の移り変わりを見てみたいと思いました。

 

その① 〘河野景子さんと貴乃花の場合〙(1995年)

 

結婚当時のコメントがどうしてもみつからず、図書館の新聞縮小版を探しました。結婚式翌日の新聞記事です。

貴乃花】「思い出深い。挙式の実感もわいてきました」

貴乃花】「この先、何があっても二人一緒に乗り越えるという気持ちを誓いました」と答えると、景子さんも「全く同じです」と気の合うところを見せた。

引用:「何があっても2人は一緒」(1995/5/30『中日新聞』の記事より)

もう少し、お互いに対する気持ちが書かれた記事を見つけれるとよかったのですが‥。当時、「やっぱり稽古(景子)は好きですか?」という問いに照れていた貴乃花が思いだされます。

 

 2018年、2人は「別々の道を歩む」ということで離婚を発表されました(23年間の結婚生活で、心にはすれ違いが生じていたようです)。

 

そして、河野景子さんは現在は、映画監督で痩身エステ経営者のジャッキー・ウーさんと再婚予定であるといわれます。取材された河野景子さんは、

河野は「人生百年として自分の人生を逆算で考えた時に、こんなに私を自然にしてくれる人ってなかなか会えない。私ね、彼と話している時、ずっと笑っているんですよ。本当に感受性が一緒。自分が自分らしくいられているんだなあって」と語った。

引用:「貴乃花との離婚から2年 河野景子(56)が痩身エステ経営者と再婚へ」(2020/12/16ヤフーニュース)

と正直に話されています。「自然体でいられる」「自分らしくいられる」が今までは出来なかったのかな?幸福感が伝わるコメントですね。

 

その②〘保阪尚希さんと高岡早紀さんの場合〙(1996年)

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PexelsによるPixabayからの画像

お2人とも興味を引かれる素敵なタレントさんですが、強い自分持っている保阪さんのコメントを中心にみていきます。

そしてその年に結婚したわけだが、会見はかなりのデレデレ状態だった。

「おふたりが結び付いている、いちばんの原因は何でしょう?」という質問に対してはこんな感じだった。

高岡:「(じっと保阪と見つめ合って)毎日とても楽しいので、一緒にいてね。それがいちばんだと思います

また、記者が「ここまで保阪さんのことを好きになった理由って、どこにあります?」と聞くとこう答えた。

高岡:「一緒にいて、とても自然なもので、付き合ってから4か月しかたってないんですけど、そんな気がしないんですね

保阪:「同じですよ。やっぱり、同じじゃないと、一緒にいられないですから。(同じということは)似てるんじゃないですか。価値観とか、楽しいポイントとか、雰囲気とか、空気が似てるんじゃないですか

こんな二人だったが8年後に離婚をするわけだが、この会見は15分間行われたがそのうちの12分は見つめ合っていたのだ。

引用:「高岡早紀&保坂尚希 結婚会見当時15分中12分見つめ合っていた」(2010/9/30 NEWSポストセブンの記事)

何という雰囲気のあるやり取り。何という2人だけの時間。実際見てみたかったなぁ。

そして会見時、こんなに相思相愛だった2人も数年後に離婚してしまいます。

その経緯は「保阪尚希(俳優)から高岡早紀へ『妻の不貞をどうやって許したか』」に詳しいのですが、

離婚会見では、僕は離婚の理由も彼女の男性問題も話していません。親権は僕がもらったけれど、子どもたちの母親だから悪く言いたくない。それでもっぱら不倫相手の布袋君に怒りの矛先を向け、「火遊びが過ぎた」という彼の弁明に噛みついて、「きっちりけじめをつけたい」などと挑発したんです。

引用:「保阪尚希(俳優)から高岡早紀へ『妻の不貞をどうやって許したか』」(『週刊現代』2014/5/3)

そういえばそうでした。会見時は布袋さんだけにムカついている感じで、「??」だったのですが、子供たちや高岡さんをかばっていたのですね。

すでにここに到るまでに2人の関係はとっくに崩れていたそうで、保阪さんにとってはもう覚悟を決めて臨んだ離婚会見だったようです。

 

その③〘安達祐実さん&井戸田潤さんの場合〙(2005)

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vicranによるPixabayからの画像

この2人のうち、注目したいのは安達さんで結婚時、

安達は会見で「結婚すべき人と出会うと自然に結婚したいと思うことがわかった」等と語り、幸せぶりを披露した。

引用:「安達祐実と井戸田潤の「できちゃった婚」を振り返る」(2017/1/7のexiteニュースより)

 と幸せを語っていました。離婚時のコメントは、

安達さんは離婚について、自分をもっと大事にしてくれると思った自分の描いている結婚生活の中に井戸田さんは必要ではなくなった、と説明したそう。 

引用:「安達祐実との離婚原因「いまだに分からない」 井戸田潤、いつまで「未練」言い続けるのか」(2015/3/6のJキャストニュースより)

とあり、自分の想像とは違う結婚生活だったようです。

4年後、井戸田さんと離婚した安達さんはカメラマンの桑島さんと再婚します(2014年)。その後の手記で、桑島さんに対する気持ちを正直に書かれています。

本当に、夫が私を人間にしてくれたと思うんです。シングルマザーのときはとにかく、『子供をちゃんと育てなきゃいけない、稼がなきゃいけない!』って思いも強かったので、焦って頭が固くなっていたとも思うんですけど、今はそれもないし。『まあ、なんとかなるでしょ』と思えるので、程よく気を緩められているんだと思います」 

引用:「夫が私を人間にしてくれた」2度目の結婚、出産が女優・安達祐実に与えたもの」(Yahoo!ジャパンニュース 2018/2/25)

 こうしてみると、結婚時はみんな異口同音に「自然体でいいられる」「価値観が一緒 」「ありのままの自分でいられる」をあげている気がします。結婚する条件ってそこなのかな?でも、「合ってなかった」「合わなくなった」ため、離婚にいたるケースが多いことがうかがえます。

 

 最後に(その瞬間瞬間にウソはない)

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Roman GracによるPixabayからの画像

最初は我ながらゲスだなぁ、と思いながらコメントを読んでいたのですが、人の心の軌跡や成長の軌跡を垣間見れたようで、見てみてよかった、と思っています(上げたのは3組ですが、他にも読んでいます)。

別に離婚したって、再婚したって、全然いいのです。その時その時の正直な気持ちですから。人間はたった1日で、その人のことが嫌いになることもあります。気持ちって変わるのものなのですから‥。

でも、結婚時のキラキラした2人の笑顔をみると、やはり結婚っていいものではないのだろうか、と思ったり。その後、離婚したとしても、あんな幸せそうな笑顔を2人が出来るなら、もうそれだけで価値があるのではないのか、と。

 

‥ということで、『芸能人の結婚時と離婚時のコメントとを交互に見比べる』でした!以上です、ではまた!

【やや奇食】①『フルーツかずのこ』(伊予屋食品) ②『ワニ骨スープ』 ③『百鬼ドレッシング』(六花亭)を食べてみた

珍しいものを食べたいという気持ちの強い人いないでしょうか?同じです!美味しいものより珍しいもの、新奇なものに惹かれます。今回は年末年始に食べていた少し珍しいものの感想を書いていきます。

①の膳 『フルーツとかずのこの新しい出会い』

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何というネーミング

売り場で見た時、フルーツとかずのこのコラボ、どうしたらそんな珍妙な取り合わせができるんだ!と思いました。魚卵とフルーツってちょっと無理じゃないの?って。

 

珍しもの好きの私ですら、初見では買うのをためらい、それから1週間後、確実に減った『フルーツかずのこ』を目にし、(買った人がいるのか?)と驚きながら、後押しされるかたちで買いました。

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裏面

買うのをためらったのは「生臭くないか?」「どこに使うのかが分からない」からだったのですが、食べ方の提案が全くないのに悩みつつ‥とりあえずパンにのっけてみることにしました。

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いっけんパイナップルみたいに見えるかずのこ

ぱくっ、と食べてみます。「なんだコレ、おいしーい!」と反射しました。

意に反して美味しい‥。そしてパンに合う!

ソース自体がまず美味しい(甘いソースをマヨ・チーズの塩味で引きしめている)。

そこへかずのことドライフルーツ(パパイヤ、キウイ、マンゴ)が入って、色合いもきれいだし、意外とパーティー向き?

 

『食べ方』としては

  • ①パン、カナッペに塗る
  • ②プレート料理の付け合わせに(肉料理の横にポテサラ的にのせて。お肉にデップしたり)
  • ③野菜やサラダの上にのせて。
  • ④ご飯には甘いので合わない気もしますが、いくつかあるおかずの1つであれば大丈夫。

‥という感じでしょうか。恐るべし「フルーツかずのこ」。「DEAN&DELUCA」あたりでこれをみたら、雰囲気に弱い私は「さすがに向こうの食べ物は洒落てるなぁ」とか言ってる気がします。

 〘良い点〙

全く生臭くさがない(「かずのこ」と言われないと分からない)。ゴロゴロした塊りの食感も◎

バランスがいい。甘いソース、マヨネーズ・チーズの塩味、ドライフルーツ、かずのこが調和している。

 〘悪い点〙特にない。ちょっと高い?何回も買えないかな?

〘個人的に〙◎ すぐ完食。

【値段:598円】【買える場所:イオンなど】【内容量:160g】

 

②の膳  アフリカンティスト『ワニ骨スープ』

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「ワニ骨スープ」

『ワニ骨スープ』は愛知県犬山市にある「リトルワールド」という野外民族博物館で買いました。*1

そこの「アフリカンプラザ」のメニューは、ワニ・ラクダ・ダチョウといったもので食欲をそそるのですが、お土産に買ったのがこの『ワニ骨スープ』。

 

ラーメンを入れて「ワニ骨ラーメン」にするのがおススメのようです。しかし、ラーメンを食べないので、このままでは永遠に食べないかもと思い、しらたきを入れて気持ち薬膳的(?)に食べてみます。

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「しらたきワニ骨スープ」

お湯300ccに、ペーストの『ワニ骨スープ』を溶かします。

クサい‥。ワニか豚か分からないけど強い獣臭がします。ふだんあまり食べないせいか、汁の匂いが気になりながら飲んでみます。

 

ごくっ。「‥。ふつうに美味しいかも‥」 

油がおいしく、においは少し気になるけど、全く問題がないことが分かりました。

ワニの味?うーん。それは残念ながら、全くわかりません

 〘良い点〙ラーメンらしいラーメンを堪能できる。

 〘悪い点〙ワニの味はよく分らない。 

 〘個人的に〙〇

【値段:150円】【買える場所:リトルワールドなど】【内容量:40g】

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裏面

③の膳  あの「六花亭」のドレッシング『百鬼ドレッシング』

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「鬼百態」みたいな可愛いデザイン

百鬼ドレッシング」は、あの「六花亭」が出したドレッシングということで、なんだか珍しかったです。変った名前、変わったラベル、そしてなぜ「百鬼ひゃっき」?

少し高めのドレッシングを早速、サラダにかけてみます。

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色は普通のしょうゆ色

ぱくぱく‥。「ふつうにおいしい

ものすごい衝撃はありませんが、食べやすくて嫌味のないドレッシングでした。

 

最初に食べただんなさんは、「スゴク優シイ味ガスル。食ベタコトナイ味ガスル。コレ、食ベタ方ガイイヨ」と言っていたのですが、後から「ふつう。すごくふつうの味がする」に感想が変わりました。後の感想の方が正しいかも‥?

〘良い点〙王道中の王道しょうゆ風味ドレッシング。万人に合う味。

〘悪い点〙20回振ってください。振れば振るほど美味しくなる」と書かれていますが、めんどくさがり屋には不向き。

 〘個人的に〙〇

【値段:630円】【買える場所:イオンなど】【内容量:350ml】

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裏面

最後に

 

年末年始に食べた①『フルーツかずのこ』 ②『ワニのスープ』 ③『百鬼ドレッシング』の感想を書きました。

やはり、特筆すべきは『フルーツかずのこ』。よく「だまされたと思って食べてみて」といいいますが、これは想像もつかないし、意外な味に驚くのは間違いないです。

いい意味で見事に期待を裏切ってくれました。ほんとスゴイ!

‥ということで、『食べてみた』でした!以上です、ではまた!

*1:「リトルワールド」は世界各国の文化・生活、家や食事を体験できる施設。

巨岩にパワースポット。神代文字の御朱印が珍しい【大洞院】【天祐稲荷】【紅岩】(岐阜県中津川市)

昨年、中津川市を訪れた際、立派な神社を見かけました。

有名な神社かな?と思い参拝させて頂いたところ、「天洞岩てんどういわ」という巨岩があったり、「神体文字御朱印を頂けたりのとても珍しい神社でした。

butuyokuko.hatenablog.com

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【謎①】『大きな岩』(「天洞岩」をはじめ巨岩がゴロゴロ)

 

昨年、「博石館はくせきかん」という石のテーマパークに行く途中、大きな朱塗りの鳥居を見かけました。

しかもよく見ると、神社の上の方が山になっていて大きな石があるようです。

ご神体の石かな‥?) 

‥ということで、帰途、お参りをさせて頂きました。

 

入り口には赤鳥居と立派な石段。石段を登るとそこには「天祐てんゆう稲荷神社」という神社があり、その左側は「大洞院だいとういん」というお寺になっていました。

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「大洞院」wikipedia 大野 一将 , CC 表示-継承 4.0, Link

【左側】本堂 【中央】「天洞岩」

境内には目立って大きな石があり、「天洞てんどう」という名前がつけられていました(この石はお参りすると願いが叶うパワースポットといわれていることを後で知りました。これ以外にも巨岩はたくさんあるので、みんなパワースポットになっちゃいそうですが‥)

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「天洞岩」

お寺の関係者(?)の方によれば、「石はペグマタイトで川へずっと続いていってる」ということでした。「ペグマタイト」と言われ、少し面食らったのですが花崗岩くらいのゆるい理解でいいのかな?

 

見てみると少し山の上にもう1つ大きな石があります。そちらにも近づいてみます

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「天洞石」と質は同じ?(地表に出てからがすごく長いのか風化を感じる岩肌)

巨岩信仰」というのか、大きな岩を有難がるのを昔は不思議に思っていました(タダノ石ジャナイノ?って)。最近やっと、巨大な岩に生命力を感じる、というのが少し理解できる心持ちになってきました。

 

私はこの岩で引き返してしまったのですが、実はさらに山の上に行けて、そうすると「奥の院」があり、恵那峡を見晴らす展望が楽しめたようです。

 

中津川なかつがわ市、恵那はこうした巨岩や珍しい鉱物が多いところで、名勝「恵那峡えなきょう」にも大きな岩がゴロゴロしていてそれが観光名所になっています。

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神社すぐそばの「恵那峡展望台」(左側にも大きな岩がみえる)

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この「恵那峡展望台」自体が巨岩の上に作られている

【謎②】『紅岩』

 

もう1つ、途中気になっていたものがありました。神社の背後にある山のコレ

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ショッキングな色してます!黄色?オレンジ?

この岩、遠くからでも物凄くよく目立ちます。

最初見た時は、ブルーシートみたいな覆いでも被せているのか?と思ったほど。あまりの異様さにこっちの目もついカッーと見開いてしまいます。

 

実はこの岩、岐阜県の天然記念物紅岩べにいわ」というものでした。*1

そしてこの色はダイダイゴケというコケの色なのだとか(えぇ‥)。神社からはこの「紅岩」登山ができて、素晴らしい眺望とオレンジ色のコケが楽しめるのだそうです。*2

 

【謎③】『神体文字』の御朱印

 

さて、もう1つ変わっていたのが「天祐稲荷」のご朱印でした。

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頂いたご朱印

お姫さまや宝珠の図柄がとても印象的ですが、特にこの左の方

「神代しんだい文字」で書かれてます。今までかって見たことない珍しいご朱印に興奮を覚えます(笑) 下には「古代ホツマ文字」の文字。

 

現地で御朱印情報をスマホで見ていて、これが出てきたので本当に驚きました。

ただ、現在はこれを書かれている住職の方が少し体調をくずされていて、社務所も閉じているので頂きづらい状況でした。

たまたま声をかけて下さった関係者の方が、「書置き」を探してくれたので本当に有難かったです(また石段下にある「門前茶屋」さんで聞いても同じように親切に教えて頂けます)

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社務所の中に貼られていたもの(一番左には「サムハラ」の朱印)

「神代文字」って、漢字以前に存在したといわれる真偽不明の「古代の文字」です。

江戸時代から肯定派(平田篤胤とか)否定派(本居宣長とか)がいて真偽が争われたようですが、否定派が多数です。

いくつかの種類があり、日本語の50音に対応していたり、ハングル文字ぽいの、亀卜きぼくのひびわれ由来ものなど、見ていると何とも不思議な気持ちになるものです。

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オシテ(ホツマ文字)

MOTOI Kenkichi - 復刻版ホツマツタヱ ,パブリック・ドメイン, Link

 

「天祐山 大洞院」

 

この珍しいお寺と神社ですが、開山は昭和38年とまだ新しいのだそうです。

恵那峡」を望むこの地に先代が創建され、その先代住職さんは霊力がある、ととても有名だったようで、現在でもお参りをされる方が多いのだそうです(私もそうしたお参りの人と思ってもらえたみたい?)

今回は初見だったので、さらっと帰ってきてしまいましたが、また次回訪ねた時は、もう少し詳しくお話を聞いてみたいと思っています。

特に神代文字」の話を!(住職さんのお体の回復を心からお祈りします)

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「天祐稲荷」へ向かう道

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神社すぐそばの「恵那峡大橋」

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隣にある「恵那峡ランド」(臨時休業中)

最後に

 

この恵那峡のそばは、巨岩にパワースポット、ダイダイゴケに神代文字と‥色々つまった個人的にとても面白い場所でした。

神代文字」とか「古史古伝*3をチラッと目にすることはあっても、それを実際に読んでたり、取り入れている、という人に会ったことはないので、私の中では大発見(?)でした。

 

私自身は「神代文字」にも「古史古伝」にも実は興味はうすいのです。

でも、興味を持てるってこと自体が才能だと思うので、それらに興味を持てるってことは私にはない才能がある人なわけで、その人に対する関心を覚えます。

(そういえば昨年、根尾谷ねおだに*4で聞いた、UFOと「飛騨王朝」*5の話も面白かったなぁ‥)

‥ということで「ロマン」を感じた方はまたいつの日かぜひ訪れてみて下さい!

以上、『巨岩にパワースポット。神代文字御朱印が珍しい !【大洞院】【天祐稲荷】【紅岩】』でした!ではまた!

*1:岩は天洞岩と同じく花崗岩

*2:登山は15-20分だが、分かりにくいケ所もある(という話)。また最後が激しく岩肌を這いあがるカンジという情報を目にして少し怯える。

*3:東日流外三郡誌つがるそとさんぐんし』とか『ホツマツタエ』とか偽書とされるものも多い。

*4:岐阜県本巣市

*5:古代、飛騨に王朝が存在した、墓もあるという話。

刃紋の美しい『暗紋包丁』をオーダーする【藩政時代からの刀鍛冶 】【 二唐刃物鍛造所】【津軽打刃物】(青森県弘前市)

「いい包丁が欲しい」と思うことってないでしょうか?「いい包丁」の意味は「切れ味」「機能性」かと思いますが、それに加えて「刃紋が美しい」「歴史がある」といいなぁと思っていました。

昨年末に届いた「二唐にがら刃物鍛造所」さんの美しい包丁を紹介したいと思います。

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①「刃紋」の美しい包丁が欲しい

 

「刃紋」の美しい包丁が欲しいなら、「ダマスカス包丁」*1などがふつうに売られています。

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昔の「ダマスカス鋼

Rahil Alipour Ata Abadi, GFDL, Link

結婚後、この「ダマスカス」の安いのを1本買い、後は「引き出物カタログ」で包丁をもらったりで、テキトーに調理してきました。
昨年、ナマクラ包丁の柄が壊れたのをきっかけに、1本だけ本当に「いい包丁」が欲しいと思うようになりました。

 

②「二唐刃物鍛造所」の暗紋シリーズ


ネット上のきれいな包丁に目移りするなか、オーダーしてみたいと思ったのが「二唐刃物鍛造所」さんの『暗紋』という包丁。


二唐刃物鍛造所 暗紋シリーズ 1

 純粋にまず「綺麗なものだな~」と思い、好きになりました。藩政時代から製造しているという歴史の古さも良かったです。

津軽岩木山山麓ではそれ以前の大昔から製鉄が盛んだったということで、きれいな水やふき下ろす風がおそらく製鉄に適した土地柄だったのでしょう(妄想)。

 【350年の伝統を受け継ぐ、日本有数の刀鍛冶の名門】

この歴史を誇る津軽打刃物の一つに、二唐刃物鍛造所があります。

二唐家は津軽藩より作刀を命ぜられて以来350年の伝統を受け継ぐ日本有数の刀鍛冶の名門であり、代表者は刀匠の1人として刀を打ち続けてきました。

昭和になっても刀匠「二唐国俊」は折にふれ、数々の栄誉に輝いてきました。
そして、時代とともに伝来の作刀技術を戦前は軍刀に、戦後は刃物に特に包丁造りに注いできました。作刀は昭和40年に営業品目から外されていますが、地鉄に鋼を付け、鋼を叩いて叩き抜く本打ち包丁に生かされ、弊社製品は平成19年12月青森県伝統工芸品」に認定されました。

 引用:二唐刃物鍛造所のHP 「企業情報」より

‥ということで、時代の流れとともに日本刀から「包丁」に軸足を移されているようです。「日本刀」の血を引く包丁なら切れ味もいいかな?ということで、早速オーダーしてみました。

 

③注文の仕方

 ▢ HPのメールフォームからの問い合わせ。ショッピングカートは無く、メールのやり取りからです。

▢ 青森県産品「まごころふるさと便」というサイトでも買うことができます。

(ただし、値段が「二唐」さんで直に買うのとではだいぶ違います。でも、すぐ手に入れたい人はここで購入するのがいいのかも)

【納期】 

HPでは「オーダーメード」のため、納品まで2ケ月とありました。私の場合、6月末に注文して12月末の納品でした(4-6ケ月位待つ必要があるかもしれません)。

 

④使い心地など

注文したのは家庭用の暗紋「三徳包丁」(税抜41000)、両刃です(片刃にしたいなどは注文時に相談できます)。

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もうかっこいい!(since the days of  Samuraiと書かれてます)

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納入のパンフ

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中の包丁もかっこいい!(柄は黒檀)

グルグルとした紋様は25層「鋼」を重ねることで生み出されるのだそうです。手打ちのため、1つとして同じ模様は作れない、とありました。

素材は鋼、クロム、タングステンとのこと(メールで「ステレンスがベース」とも書かれていたので、鋼+クロムでステンレス鋼なのかな?素材のことはいまいち分かりません)

二唐では、一般的に用いられる白鋼にクロムやタングステンを加えた高級素材である青鋼あおはがね(青紙)*2を、標準仕様。どの製品においても、青鋼ならではの切れ味をご堪能いただけ、また、持続性やメンテナンス性にも大変優れております。

引用:「二唐の包丁」より

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全長32cm 重量160g

思いのほか、人工的な「刃紋」に驚きます(何となく「クリムト」の絵画みたい)。

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     グスタフ・クリムトの絵(青丸のあたりのぐるぐる) Link

これも使いこむうち模様が薄くなっていくので、こんなに明瞭なのも最初だからでしょう(一番下に貼ったyoutubeの映像などは、使いこんだのか刃紋が薄いです)。

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まず青森らしく林檎から切ってみる

包丁自体に重みがあるのもあって(今までの包丁より20g重い。その分、金属が密なのかな)、ストンと切れます斬鉄剣もどきの空中のテッシュを斬るようなのを想像していましたが(妄想しすぎ?)、質実剛健、しっかりしたバランスのいい包丁のようです。丈夫で長く使えそう(喜) 今までのナマクラとは違いよく切れるので気をつけなければ‥(笑)

 

最後に

 

少々オーダーしてから時間はかかりますが、自分だけの1本って嬉しいものです(初めてだし)。

今はまだおっかなびっくりで使っていますが、切れ味や良さに関してはおいおいさらに分かってくるのでしょう。

手入れに関しては(錆にくそうな気はしますが)、いい状態を保つためにもふきんで水を拭き取る、カラッとさせるのが良いようです(また期限なしの「刃物研ぎサービス券」も1枚もらえます)。

包丁って毎日使うものですから、毎日使うたびに青森や岩木山を想像して(あっちは寒いかな~と思いながら)使おうと思っています。

‥ということで、「刃紋の美しい『暗紋包丁』をオーダーする」でした!以上です、ではまた! 


Nigara Anmon White #2 Gyuto 240mm Quick Look

*1:ダマスカス鋼」は古代インドなどで製造されていた木目状の鋼。強くてしなやか錆びないなど優秀な鋼。この昔の「ダマスカス鋼」の製法は失われていて、現在の「ダマスカス」は複数の金属を使い、ダマスカスに似た模様を浮かびあがらせた別物なのだという。

*2:青鋼は高級な鋼でランクは青鋼>白鋼しろはがね>黄鋼。色は昔貼っていた紙の色に由来。鋼の色ではない。

『ストーンミュージアム 博石館』が面白い【ピラミッド探検・巨大地下迷路】【鉱物博物館】【石のお土産】(岐阜県中津川市)

先日、『博石館はくせきかん』という「石に関する施設」に行ってきました。石材会社さんが経営する施設で、広大な敷地には探検できる「クフ王のピラミッド」(1/10サイズ)をはじめ、子供が大喜びの宝石探し・砂金探しなどが体験できる「体験館」。充実した内容の「鉱物展示館」などがあり、大人も子供もともに楽しめる施設でした。

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①『博石館』とは

 

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広大な施設(じっくり回って、体験もすれば2時間位はかかる)

 昭和60年に開館した企業博物館です(親の会社は「(株)岩本」)。

広大な敷地内に何棟もの施設(展示館、体験館、お土産屋さん、飲食店、本社屋)、オブジェなどが建ち並び、圧倒されます。

 『博石館』の情報

 2021年3月再オープン予定(2020.12/29~2021.2月末までリフレッシュ工事中)

【営業日】 当面の営業は金~月・祝日でしたが、HPを要確認。

【営業時間】 9-17時(冬季は9-15:30) 

【入館料】 おとな1000円 こども500円

【住所】 岐阜県中津川市蛭川5263-7

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「博石館前」(すでに色々な「石」が置かれている)

ここに『博石館』やその会社がある理由の1つは、この一帯が日本有数の鉱物の産地だからです。*1

蛭川御影ひるかわみかげ(恵那錆石えなさびいし)』という石材が取れることで有名で、下のポストはその『蛭川みかげ』でできています。

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赤い色が特徴花崗岩(鉄分を含むことから)

②【みどころ①】『ピラミッドと巨大地下迷路』

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オベリスク」や「ピラミッド」が林立する敷地内

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「ピラミッド」は子どもにも大人にも大人気

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もちろん素材の石は「蛭川みかげ」

クフ王のピラミッド」の1/10サイズです。十分大きくて(高さ14.6m)、クォリティも高く、見ごたえがあります。

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頂上部の部屋

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「巨大地下迷路」

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「巨大地下迷路」②

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中の「壁画」にも味がある

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「行き止まり」多数の激ムズ迷路

「しょせんは子供向け」とたかをくくっていると、想像以上に難しくて驚愕します。

「なんでこんなに行き止まりが‥」と行き止まりの多さに「製作者の本気」を感じ、「一生抜け出せないのでは?」と妙な妄想までしだす始末(困惑)。

(脱出に小1時間を要したという話もあり、片側の壁に手をついてたどっていったら、ほんとにそれくらいかかるかも‥)

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迷路の「出口」(ホッ)

本気モードの迷路に消耗しました‥。迷子になる子もいそうです(親がついているから大丈夫かな)。

(後で気がついたのですが、入場時にもらったパンフに「迷路の全図」が描いてありました。これに気づいていればあんなに動揺しなかった?)

 

③【みどころ②】子供たちが遊べる『鉱山体験館』

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こちらも広大な「鉱山体験館」(奥に各コーナーがある)

子供たちの目がきらきらする「体験館」です。施設内には「化石探し」「砂金探し」「銀探し」「宝石釣り」「トレジャーハンティング」などのコーナーがあり(有料)、体験をさせてもらうことができます。

(私が子供だったら、きっと親にせがんでやらせてもらっただろうなぁ‥)

「ジオード *2割り」という石を割る体験があり、少し悩んだのですが今回はやめておきました。

 

④【みどころ③】『鉱物展示館』

 

こちらは大人が楽しめる施設。宝石ゴロゴロで思わずありがたみが薄れるほど(笑) 

蛭川産の鉱物世界の珍しい鉱物が展示されています。

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【右】壮麗な「鉱物展示館」の建物(正面奥は「石山歴史館」)

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「鉱物展示館」内

価値のありそうな「宝石」もあるのですが、気になるのは‥、

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特産の「蛭川ひるかわみかげ」

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日本各地の「石材展示」が面白い(石屋さんって楽しそう‥と妄想をする)

 

⑤【みどころ④】その他の施設(『石山歴史館』、『石のホール』、『喫茶MWむう』など)

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「石山歴史館」

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同「石山歴史館」

他にもまだまだ施設があります。「石山歴史館」では実際の石材の割り出し、加工、道具などを見たり、持ったりすることができます。

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「石のホール」は結婚式場などに使われる

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こちらも壮麗な「石のホール」内部

雰囲気や石の柱に「ノーベル賞」受賞式の会場を何となく連想(行ったことないけど‥)。

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可愛い「石小屋」のエリア

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石小屋の中

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昔作られていた「博石館ビール」

昔、飲んだことがある懐かしい地ビール(2012年事業終了。味はもう思いだせない‥)「博石館」の親会社は色んなことをしてて面白いなぁ、と感心します。

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茶店ムウ

「ピラミッドカレー」( ごはんがピラミッド状によそわれたカレー)が美味しいと人気のお店。店からそそりたつ「オベリスク」がすごく主張してて圧倒されます。

 

⑥『博石館』のおみやげ

 

敷地内にはお土産さんもあります。「石のアクセサリー」や「化石」、ピラミッドにちなんだ「エジプト関連」グッズも売られていました。

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「レースめのう」

「石のアクセサリー」は正直安いです(名古屋のお店などで買うよりよほど良心価格)。上のペンダントも1000円内でした。

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ミニミニ「隕石」(約1cm)

隕石は大中小のサイズあり。お値段は500円ほど。

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すやの「かやあられ」

これは「博石館」さんで買ったわけではないですが、帰りの恵那駅の「えなてらす」(恵那市観光物産館)で買いました。

すや中津川市は「栗きんとん」で有名なお店ですが、「榧かやの実」を糖でくるんだ珍しいお菓子がこの時期販売されます(12月~原料なくなり次第終了)。

「榧の実」は少しクセのある香りがします。見つけると「あれどんな味だったけ?」と思いながら買っています(味も少しだけクセがある)。

 

最後に(子供たちが生き生きとする施設)

 

『博石館』は、名勝「恵那峡えなきょう*3の側で「恵那えな」(2191m)が目の前に広がるとても風光明媚な場所にあります。

この爽快な風景に、「ピラミッド探検」「ピラミッドカレー」は実はちょっと変な感じがします(笑) 

でも、子供たちが楽しそうに「体験館」に走って行く、「ピラミッド」にくぎ付けになる様子を見ると「いい施設だな」と思います。もちろん子供だけでなく、大人が行っても想像以上に楽しいです。

現在、『博石館』はリフレッシュ工事中で、次回は来年の3月以降となります。

今回使ったチケットは3ケ月後なら再入館可能なので、リフレッシュ後にまた行ってみよう、と考えています。

‥ということで以上、『ストーンミュージアム博石館が面白い』でした!ではまた!

 

【追記】

 

今年最後の投稿となります。今年読んでくださった皆様、本当にありがとうございました!来年も変わりなく続きますので、またよろしくお願い致します。

(投稿は今より間隔を開け、もう少し少なくなる予定です。)

また「☆」などをつけて励まして下さった皆さま、本当にありがとうございました!

(来年以降は「☆」表示を外そうと考えていますが、) 長い間大変励まされ、感謝しています、本当にありがとうございました!

(こちらからは今まで通りの訪問、今まで通りの「☆」等でなんら変わるところはありません。)

‥ということで、皆様にとって来年がさらに良い年になりますよう祈念しつつ‥、ではまた来年!

*1:パンフには「日本三大鉱物の産地」と書かれていました。

*2:中が空洞で、結晶が出ている石。空洞のため割りやすいことも。

*3:木曽川の作るダイナミックな渓谷。奇岩もあり、変化に富んでいる。

山に降る雪のような『ストームグラス』【フェリシモFERLISSIMO】を買いました。【19世紀の気象予報道具】

 『ストームグラス』をご存じでしょうか?目にしたことある人も多いかと思います。

ガラスの中に透明の液体が入っていて、液の中の「結晶」の沈殿具合や形状で天気を占うというものです。その気象予報の真偽はさておき、見た目の面白さや動きがあることから、現在ではインテリア感覚で楽しむもののようです。

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「嵐」

FelixMittermeierによるPixabayからの画像 

①『ストームグラス』とは

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「ストームグラス」

Wolfgang Abratis / Enigma-e at en.wikipedia - , パブリック・ドメイン, Link

使われだしたのは19C初頭のヨーロッパで、航海時の気象予報の道具として船に積んだのだそうです。発案者の名前はCorti という人物であったとか、あまり詳細なことは分かりませんが、当時のヨーロッパで様々な実験を行ううちにその特性が注目されたのでしょう。

 透明な液体はエタノールで、そこに樟脳、硝酸カリウム、塩化カリウムを溶かしたものが「ストームグラス」*1の正体です。

 

②【フェリシモFERLISSIMO】の『ストームグラス』が良かったわけ

 

完全に見た目の美しさです。「しずく」状の「ストームグラス」などを目にすることがあり、「面白いな」とは思っていたのですが、ある日、ぽとんと届いたフェリシモのチラシ

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「ストームグラス」のちらし 

まるで「雪山」の山頂を切り取ったような『ストームグラス』。どこかの山頂に積もる雪のイメージ。この素敵なイメージにつられて買ってみることにしました。

 

③【実際の商品 】『天気によって結晶が変化する雲海から山頂がのぞくストームグラス』

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どこかの山頂がモデル?

 『天気によって結晶が変化する雲海から山頂がのぞくストームグラス』

【素材】水、エタノール、天然樟脳など

【サイズ】直径約10cm×高さ8.5cm 【値段】3400円(税抜)

【サイト】「天気によって結晶が変化する 雲海から山頂がのぞくストームグラス」

手のひらサイズの「水晶玉」みたいな感じですが、逆さにすると「水晶玉」とは違いがあることが分かります。

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逆さにしてみる

写真ではみづらいですが、「球」ではなく凸型にえぐれています

「その方が重くなくていいのかも‥」と思いながら、「取扱いの注意」を読んでみると‥、

▢ 火の側に置かない

▢ 直射日光をさける(発火の危険性を避けるため)

▢ 絶対に加熱したり、急冷しない。

▢ 割って、中の液体が肌についた場合、流水ですぐに15分以上洗い流し。

▢ 衣服にかかったら、流水で洗い流し。放置すると化学火傷の原因に。

▢ 吸い込んだ場合、すぐに新鮮な空気の場所へ移動。大量に吸い込むと呼吸困難になる場合も。

▢ 誤飲した場合、痙攣を誘発する恐れあり。

「(しーん)‥」

(子供やペットがいなくてよかった)と一瞬思いましたが、「樟脳」が問題なのかな?何が問題なのだろう?と考えてしまいました。

「樟脳」は防虫剤でお馴染みの「クスノキ」から生成される物質です。

どちらかというと、「硝酸カリウム」の方が問題なのかな?よく分らないけれど‥。

(「注意書き」の文言に怯えて、「とりあえず絶対割らないように」と心に決めました)

 

④『ストームグラス』の気象予報

 

「解説書」には科学的根拠はないけれど、「状態判断」としては、

▢ 液体が澄めば「好天」

▢ 大きめの結晶が浮いたら「曇り、雪」

▢ 液体が曇る 「雨」

▢ 筋状の結晶 「強い嵐」

▢ 結晶が上部にある 「嵐」

とありました。また、

  • 天気が晴れるなら、ガラス管内の固形分は完全に底に沈み、液体は澄みきる。
  • 雨に変わる前は、沈殿物の量が徐々に増え、星のような形のものが透明の溶液中を浮遊する。
  • 嵐やひどい風の前には、固形分の一部が溶液の表面まで達し、大きな葉のような形になる。溶液は濁り、発酵しているように見える。この現象は天気の変わる24時間前に見られる。
  • 冬、特に雪や霜のときには、管の高い位置まで沈殿物が積もる。内容物はとても白く、浮遊する点状のものが見られる。
  • 夏、とても天気がよく暑くなるときは、沈殿物は管の非常に低い位置までしか積もらない。
  • 風や嵐が接近してくるときは、接近してくる方向の反対側のガラス管の壁に沈殿ができる。 引用:「ストームグラスwikipedia

とあり、真偽は分からないけれど面白いものだなぁ、と思ってみています。

 

「窓際」「玄関」に置くと安定するなどの情報もあり、場所を変えながら様子を見ています。結晶の変化の差は、温度、湿度、気圧などと言われますが、何が関係しているのでしょうね。

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12/27(2020)の様子

最後に

 

 wikiを読むと『ビーグル号』*2や、小説『海底二万里』のノーチラス号にも搭載されていたということで時代の息吹や、「で、実際どうだったの?」という想像もふくらむ「ストームグラス」です。

 家族には「天気予報ならスマホやTVで見ればいいじゃん」と揶揄されますが、19Cや中世の「錬金術」への興味もあいまって、楽しんで観察をしています。

そこだけまるで別空間のような「ストームグラス」の世界が好きな人はきっといるはずと思いつつ‥、『山に雪が降るような『ストームグラス』【フェリシモFERLISSIMO】を買いました。』でした!以上です、ではまた!

*1:storm=嵐、の意味。

*2:19c、世界を探検したイギリス軍艦。3回行われた2回目の探検にはダーウィン(1809-1882)も乗船した。

『興味がない』は『愛情がない』ということなのかもしれない。人間関係はただ「愛」が全てなのかも。

 「興味が無い」というフレーズ、ふつうによく使います。

「誰ソレに興味がない」「勉強に興味がない」「選挙に興味がない」「会社に興味がない」、というように。

私以外にも「興味がない」を使う人は多いのではないのでしょうか?

 最近ふと思ったのは、「興味って一体なんだろう?」からの、

「興味がない」って、実は「愛情がない」にほぼ同じではないのか、ということでした。

①「興味が無い」は思考停止みたいでイヤだった

 

 本当に若い頃、「興味ない」を多用していました。

「あれにも興味ないし。これにもそんなに興味ないし」、と。

実際にそうだったのかもしれませんが、ある時、はたっと思いあたりました。

「興味がないって、まるで「考えることすらしませんっ」て宣言してるみたい。「私、『思考停止』してます」って言ってるみたい‥」と。

それ以来、「興味ない」を多用することはなくなりました。

 

②『興味がない』は『愛情がない』ということなのかもしれない

 

 「興味がない」について、それだけでは終わりませんでした。

 会社や生活で出くわす嫌な人に対し、「あの人には興味ないから!」と心の中で憤慨して使っていました。

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興味ないわよ!

Thomas WolterによるPixabayからの画像 

相手も同じように思っていたかもしれませんが‥。

そうして、自分が相手から「興味がない」と言われるのを想像して、やっとはたっと思い当たりました。

「あいつに興味がない」は、「あいつに愛情を感じない」に同じではなかったのかと…。

 

「興味がない」まではまだ「ははぁ」なのですが、「愛情を感じない」とまではっきり言われるとさすがにこたえます。

(愛情も親しみも湧かない人間で、ほぼ嫌いっていうことですもんね‥)

 

「興味がない」はとてもあいまい便利な言葉ですが、

実際は、「嫌い」に近い「感情」を含む言葉でもあったか、と。

 

そうすると以前、自分が書いたブログ、

butuyokuko.hatenablog.com

butuyokuko.hatenablog.com

などは、「人に対する愛情がない」「なかった」と公言しているようなもので、自分にとっては胸が痛い「発見」でした。

 

愛の反対は憎しみではない。無関心だ。』(マザー・テレサ

というこの言葉、目にされた方も多いと思いますが、

私の「興味(愛情)がない」は、この「無関心」に近いとても冷たいものである気がします(相手の存在を抹殺するほどの)。

 

…それ以降、『』ってなんだろう?と、その意味を調べるようになりました。

「哲学」での「愛」の意味は?「キリスト教」では?「仏教」では?‥というように。

 

はっきりとした答えを見つけれてはいないのですが、

シンプルに、「相手のことをまるで自分のことのように大切に思う気持ち」でいいのかな?と考えています。

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Free-PhotosによるPixabayからの画像 

 

最後に 『ただ愛こそが全てなのかもしれない』(自分がこんなことを書くとは思わなかったけど…)

 

ただ「愛情」だけが、人間関係を円滑にするのかもしれません。

 

そりゃね、相手だってバカじゃないから、言動の端々はしばしから「愛」の無さを感じてイヤになったりするのでしょうね。

こっちだって、相手の「愛」を感じられないと、これが相手への「憎しみ」に変わったりします。

相手の冷たい態度、疎外‥。

相手からの「愛」の無さが、普段の生活の「不快」の主な原因であった気がします。

 

すると、「嫌われてる」「憎まれている」位はまだましなのか?と。

(こちらからの「愛情」が足りてないので、相手も怒っているわけで‥。)

もしかすると、相手を抹殺する冷たい「無関心」よりは、まだましな状態であるのかもしれません。

 

ちょうど時期はクリスマスです。 何も持たない私は、せめて「愛情」を唯一の贈り物にするのがいいのかもしれないな、と思ったり。

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サンタは「愛情」をプレゼントに変えて贈る

Jill WellingtonによるPixabayからの画像 

相手に対する「愛」。 自分に対する「愛」。物に対する「愛」。対象は何だっていい。

「愛」のある素敵なクリスマスになりますように。

以上、『「興味がない」は「愛情がない」ということなのかもしれない』でした。ではまた!

『可愛いお守り集めました!』(愛知編その②)【津島神社】【砥鹿神社】【東照宮(鳳来寺山)】【善光寺 東海別院】【七尾天神】など

『可愛いお守り集めました!』(愛知編)の続きになります。今年新たに頂いた「お守り」などを中心に紹介していきます。【津島神社】【砥鹿とが神社】【東照宮鳳来寺ほうらいじ山)】【善光寺 東海別院】【七尾ななお天神】などで頂いたお守りを載せました。

①『勝守』【津島神社】(愛知県津島市

 

津島神社は、全国に3000社ある「津島社」「天王社」の総本社です。

意外にも「延喜式神名帳じんみょうちょう」(927)などにその名は見えず、創建は平安時代と思ったより新しい神社のようです(wikipedia)。

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躍動感のある勇ましい図柄

「勝守」という名前どおり、勝負運などでしょうか。

「津島社」のご祭神は「スサノオみこと」。

みことが手にするのは「天叢雲剣あめのむらくものつるぎ草薙剣)」です。八岐大蛇やまたのおろちを退治した際、その尾から発見したという宝剣で、「3種の神器」として有名です。

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カラフルな裏面には「織田家」との結びつきを示す「織田木瓜」のデザイン

こうした「切り絵」のお守りは、一宮市の「真清田神社」でも見かけました。少しはやっているのかな?と想像を巡らせています。

 

また、「津島神社」には昔、大きな神社がそうであったように「神宮寺じんぐうじがありました。

今年初めて、神社の北側にある元神宮寺の「宝寿院」さんを訪れました。

明治以前の神宮寺があった賑やかな時代を想像しながら、『白蛇守』という白蛇の御守りを頂いてきました(白蛇と言えば、山口県岩国市の「白蛇」をイメージしますが、そんなに出会うお守りではない気がします)。

「白蛇守り」は、境内の「泉龍神社」の竜神様の御守りということでした。

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目が赤い白蛇のリング(「家運繁盛」「金運」のご利益)

また「宝寿院」さんのカラフルな絵入り「御朱印」も人気のようでした。

(宝寿院「絵入り御朱印について」

 

②『本宮鈴』など 【砥鹿とが神社】(豊川市

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『本宮鈴』初穂料800円

素朴で可愛い土鈴のお守りです。

「本宮ほんぐう本宮って何だろう?ですが、神社の奥宮のある本宮山(789m)のことをさしています。

本宮山は「神体山」としてもともと信仰されていた山で、この山の神様が「砥鹿神社」の神様なのだそうです。

 

かってはこの「本宮山」の土で土鈴を作っていたそうで、今も同様に行われていたら、個人的にはとても嬉しい話なのですが‥。*1

鈴は5個1組で「稲・麦・粟・キビ・豆」の五穀を表し、陰陽五行の「木火土金水」の意味も持つのだとか。

 

使い方としては、部屋の4隅に吊るして邪気払い・魔除けにします。

また鈴を振ることで「五穀豊穣」を祈り、「五行の調和を整える」と神社のHPで説明がされていました。

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砥鹿神社の「お守り」

「亀甲に卜象ぼくしょう*2という砥鹿神社のご神紋が面白いので、頂いてきました。

鹿の角は「本多忠勝」?とも思ったのですが(三河だし)、神使が「鹿」であることや、「鹿」に因む伝説があることからのようです。(「砥鹿神社の伝説」) 

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本多忠勝像」 Link

③『東照宮』【鳳来寺山】(新城市

 

徳川家康の母「於大おだいの方」が鳳来寺にお参りし家康を授かった、という故事から、3代家光により建てられたのが鳳来寺山にある「東照宮」です。

 

「家康」のエピソードにあやかって、「子宝」「子孫繁栄」のお守りを頂くことができます。寅年、寅の日、寅の刻に生まれたとされる伝説を持つ家康のお守りは、あいきょうのある「寅の形」をしています。

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「安産祈願」の御守り

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「子孫繁栄」の御守り

④『福銭』【豊川稲荷】(豊川市

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向かい合う2匹のお狐さんと宝珠のデザイン 

「金運アップ」「商売繁盛」にお財布に。

 

⑤『善光寺 東海別院』【稲沢市祖父江町

 

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【真ん中】「戒壇巡り」をすると頂ける蛍光ブレスレット

【外】 仏様の入ったネックレス

こちらは数年前に訪れた際に頂いたものです。。

長野や愛知などにはその土地の「善光寺」さんがありますが(分布を確認したことはない)、祖父江そぶえ町にあるのもそうした「善光寺」の1つです。

長野の「善光寺さん」を模したお堂で(サイズは違う?)、総本山と同じく地下の「戒壇巡り」*3を体験することができます。

祖父江「善光寺」の戒壇巡りでは、金色に輝く極楽浄土の再現ジオラマ的な)がされ、よそでは見られない驚きの光景となっています。

この「戒壇巡り」をする人に頂けるのが「畜光ブレスレット」(プラスチック製)で、うっすらと仏様の姿が浮かぶデザインとなっています。

また仏様の入っているというネックレスは、総本山「善光寺」さんでは見なかったものでした(ぐるぐる巻きで中は見れない)。

総本山と授与されるものに違いがあるのもまた面白いところです。

 

⑥『亀乗天神土鈴』【七尾天神】(名古屋市東区

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味のある「うそ鳥」や「天神様」の土鈴(青・赤あり)

名古屋市内には雰囲気のある神社は少ないと感じるのですが…(これは戦災のため)、ここ「七尾ななお天神」には、「亀とその伝説」があるせいか風情を感じます。

 

お話では、文亀年間(1501-1504)に、「池に「7つの尾を持った亀」が天神様(菅原道真)の木像をしょって現れ、像の周りを7回廻って姿を消した」といわれています。

「7つの尾のある亀」を想像すると何だかユーモラスで、神社の名前もそうした話から「七尾天神」と名付けられています。

「亀乗り天神」の伝説も土鈴もよそでは見られない珍しいもので愛着を感じています。

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境内には「七つ尾の亀」の姿も

⑦『勝守』【熱田神宮

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『勝守』

たくさん「お守り」がある熱田神宮ですが、これは以前頂いた『勝守』というお守りです。(実は小さな本体のお守り部分もあるのですが)もっぱら「紐」をブレスレット代わりにつけています。

こうした「5色の紐」を使った「お守り」もちょくちょく見かけますが、色の鮮やかさに毎回(似てるな…)と思いつつも求めてしまいます。

 

最後に

 

ということで、今年頂いたものを中心に紹介しました。「お守り」も消えてしまうものや新しく出来るものと、流行り廃りがあり、毎回驚きながら頂いています。

信仰のある人にとって、「お守り」の外側や形は本来大事ではないのかもしれません(信心のない私は、そうした「外の形」に魅了されて、せっせっと集めているわけですが…)。

ただ集めるだけでなく、さらなる発見があり、伝えれる「何か」あるともっといいのだがな、と思いながら‥以上、『可愛いお守り集めました!』(愛知編その②)でした。ではまた!

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*1:「埴土はにつち神事」。『日本書紀』などにみられる。天香久山畝傍山など聖なる山の山頂の土から皿を作り、神に祈願した故事がある。

*2:昔、行われた「亀卜きぼく」にちなむデザイン。亀の甲羅占い。

*3:真っ暗闇の中、仏様の台座の下の地下を手探りで一周する。真ん中に錠前などがあり、触ると仏様と結縁できるといわれる。

『名古屋のマイナースポット 塩付街道を歩く』【お馬さんが海岸から塩を運ぶ道】【中馬ちゅうま】【馬頭観音】【冨部神社】【笠寺観音】

先日、名古屋市南区の神社へ行く際、名古屋市を南北に通る塩付しおつけ街道』という旧道を歩きました。『塩付街道』の魅力と道中立ち寄った「笠寺かさでら観音」「富部とべ神社」などを合わせて載せています。

①『塩付街道』のルート

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           名古屋市  © OpenStreetMap contributors

「塩付街道」は名古屋を南北に縦断する街道で、その区間古出来町こできまち名古屋市東区)から星崎ほしざき(南区)となります。

 

②『塩付街道』とは

 

 「塩をお馬さんに乗っけて運んだ道」でした。星崎の浜で製造した「塩」*1を(集荷場があった)古出来まで運び、ここで積み替え、さらに長野などの奥地へ運んだといいます。

その距離約10kmほど。昔の人の「中馬」のペースが分かりませんが、3時間位で行ったのかな?細い道のウネウネとした旧道らしい所も残っています。

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「塩付」の細い道(昭和区石仏町)

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白山神社付近(同)

(名古屋の人で「塩付街道」を歩いてみたい!という奇特な方には、Yamarecoの「塩付街道を歩く」がオススメです。ルートも詳細、1つ1つの記録が丹念でとても参考になるサイトです。)

 

③ 【魅力 ①「高低差」】

 

毎度、北から南へ向かって歩いているのですが、これは海へ歩いて行く感じが分かって楽しいからです。どんどん地面が下がっていく=海へいく、を体感できます。この高低差こそが『塩付街道』ならではの魅力となっています。

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歩き出しの辺り(千種区仲田~春岡)

今回は、スマホアプリ『正確な高度計』で測りながら歩いてみました。

【上段】「GPS高度計」(数字が得られないことも多い。)

【中段】「場所ベースの高度計」(スマホから現在位置を測定しているらしい。正確と説明されている。)

【下段】「気圧高度計」(圧力センサーを使用。こちらも正確と説明されている。)

しかし…、3者3様の数字を出してくるのでとまどいます(「場所ベース」の数字が一番近いのかな?)。

無料アプリはとっても有難いのですが…、「高度計」買おうかな?

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名市大付近(瑞穂区

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笠寺観音」付近(南区笠寺町)

途中、台地の真ん中を感じるところもあります(左右の両端が下がっている)。

高台を通る昔の道を想像しながら歩きます。だいぶ下がりました。

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終着点(かっての海岸線 南区「星崎」付近)

3mは妥当な感じもするけれど‥(どうでしょ)。

 

④ 【魅力 ②「お馬さんの行く道」】

 

ちょこちょこ出くわす「馬頭ばとう観音」「お地蔵さん」

馬頭観音」は、「中馬ちゅうばの道」ということで「道中安全」であったり、「牛馬守護」の為であったかと思いますが、昔の人はどういう気持ちでお参りしてたのか…。

正直、想像するにはもはや隔世の感があります。景色は昔と様変わりしていますが、点々とある痕跡を拾って歩きます。

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街道を向いている(昭和区石仏町付近)

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名市大付近(瑞穂区

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お堂(星崎付近)

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馬頭観音」(星崎付近)

馬頭観音は「観音様」の化身の姿とされ、「馬の頭」をのっけた怒った顔で表現されます。「馬」つながりから、「馬(動物)を守護をする仏様」として厚く信仰されたようです。

 

⑤【道中寄り道①】『あゆち水』

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「あゆち水」(瑞穂区

昔あった名水の跡地(伝承地)だそうです(今、湧水はない)。

「愛知」の名前の由来という「あゆち(年魚市)潟」は、この辺り一帯の遠浅の海を指しましたが、風景激変で今の海ははるか遠くです。

「あゆち」の名の名残りは、「阿由知あゆち通り」(昭和区)などにも見ることができます。

 

⑥【道中寄り道②】 蛙と『冨部神社』(南区呼続

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道標が建てられている

ここは「東海道」沿いではないのかな?と思いきや、この「冨部とべ神社」辺りを「塩付街道」の起点とする説明もあります。*2

今回初めて訪ねました。東海道が繁華だった時代、冨部神社で「蛙」の郷土玩具のお土産を売っていた、と聞いたことがあります。今でもあるのでしょうか?

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冨部神社

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「本殿」(重要文化財)を頑張って覗く

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「戸部蛙」(冨部でも戸部でも同じ意味)

見たところ、「蛙」細工は発見できませんでした(聞けばよかったかな?)。

瓦職人が余暇に作って売っていたということですが、昭和50年代には消えてしまったのだそうです。近年「復刻したものが授与されている」という記事を見ていたので、少し残念でした。

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代わりに「蛙ステッカー」や「蛙の根付付お守り」などを発見

③の「子供用ステッカー」が可愛い‥。

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「蛙」のいるご朱印を頂いてきました(書置きのみ)

「なぜ蛙か?」ですが、戦国時代ここにあったという「戸部城」の城主のエピソードによるものです。

城主「戸部新左エ門」は今川義元方の勇猛な武将で、自分の前を横切る者を「無礼者!」と切り捨てることもあったのだとか。

ただ前を横切る「蛙」はさすがに切り捨てることができなかった、という話があり、そこから「無事かえる」につながる玩具が作られ始めたといいます。

 

⑦【道中寄り道③】『笠寺観音笠覆寺)』(南区)

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名古屋の名刹「笠寺かさでら観音」(手前の道は「東海道」)

ちょうど今、工事の真最中でした。令和3年までということで、来年完成した姿が楽しみです。「本尊11面観音」秘仏で、8年ごとの開帳(次回は2022年)があります。こちらも再来年が楽しみです。

ざらし(?)の「観音様」に雨の日、笠をかけてあげたというお姫様の伝説(平安時代)があり、そうしたお話から「笠」が笠寺のシンボルとなっています。

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笠寺観音」のお守りにも「笠」のデザインがある

 ゴールの「星崎」はここからもう少しとなります。

butuyokuko.hatenablog.com

最後に

 

少し地味な印象の旧道『塩付街道』を歩きました。今は名古屋の人も通しでは歩かない、知る人ぞ知る道となっています。

しかし、塩付街道の目的地「笠寺かさでら台地」やまた名古屋のある「熱田あつた台地」は、「台地の起伏」で昔の尾張の国」をおぼろげに示してくれています。

空襲で焼け跡となり、埋め立てで海岸線は遠くなり、昔の姿を想像するのはなかなか難しいのですが、こうした「土地の記憶」が残るかぎり、昔の姿を訪ねていきたいと考えています。…ということで、『名古屋のマイナースポット 塩付街道を歩く』【お馬さんが海岸から塩を運ぶ道】でした!以上です、ではまた!

*1:鎌倉時代にはすでに製塩をしていたらしい。それから江戸時代中期まで「ブランド塩」として有名だったそう。

*2:「塩付街道」は単純に1本の道では無く、複数の地点から塩が運ばれたと考えられている。

『隕石』ペンダントを買う。真贋は分からないけれどそれもまたよし。【売られている隕石アクセサリー】【ギベオン隕石・パラサイト隕石】

先回のブログで『隕石』の落ちた場所を訪れました。そうしたこともあり、『隕石』が欲しくなり、ペンダントを買ってみました。隕石って黒っぽい鉄の塊りのイメージもあったのですが、探すうちに色々と種類があることも分かりました。

butuyokuko.hatenablog.com

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Gerd AltmannによるPixabayからの画像 

 色々な隕石がある 見た目にも個性がある

①「鉄隕石」

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H. Raab (User:Vesta) - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, Link

「隕石」というと上の写真のような鉄の塊のイメージがありました、「鉄隕石」と言うのだそうです。「隕石」ぽくてこれはこれで面白いものです。

 

また、知人が持っていて「隕石だよ」と教えてくれた緑色のペンダントのことを思いだしました。

②緑色の天然ガラス『モルダバイト

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            『モルダバイト』 

H. Raab (User:Vesta) - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, Link

モルダバイト』は「隕石」本体ではなく、「隕石」によってできた「天然ガラス」なのだそうです。隕石が落ちた際、地表の物質が高温により溶け生成された物質ということでした。チェコモルダウ川流域で採れることから『モルダバイト』と呼ばれ、綺麗な緑色のガラスは確かにアクセサリーにうってつけな素材です。

 

③宇宙ぽい『ギベオン隕石』(鉄隕石)

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H. Raab (User:Vesta) - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, Link

ニッケルなどを含む「 鉄隕石」で、表面に「ウィドマン シュッテンテン構造*1という格子状の模様を持っています。鉄とニッケルが超高温で溶け、超長時間かけて冷却する際に、2つの物質の冷却速度の違いが模様になるのだそうです。

「ギベオン隕石」はナンビアに落ちた「鉄隕石」を指しています(隕石の分類名ではない)。「ギベオン」と言えばこの格子状のデザインが出た石が売られています。

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「ウィドマン シュッテンテン構造」 Aram Dulyan (User:Aramgutang) - 投稿者自身による作品, パブリック・ドメイン, Link

すごく宇宙ぽいというかSFぽい石です。ロレックスの文字盤にはこの「ギベオン」を使うのだそうで(デイトナなど)、そういえばそういう文字盤ありますね!

 

④色目の美しい『パラサイト隕石』(石鉄隕石

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Oliver Schwarzbach (Meteoritenfreund) - 投稿者自身による作品, パブリック・ドメイン, Link

 「石」と「鉄」が混じった「石鉄せきてつ隕石」という種類で、「石」部分に「かんらん石」*2を含んだものです。本来、鉄と石が混じり合うこと自体無い気がしますが、「低重力の中で生成される」という説明でした。『パラサイト』は、「テリーヌ」のような「ステンドグラス」のような不思議なデザインの美しい「隕石」です。*3

 

調べると「隕石」は、「鉄隕石」「石鉄隕石」「石質隕石の大きく3つに分類され、さらにそこから細分化されるということが分かりました。地味な見た目のもあれば、 「ギベオン」「パラサイト」のような個性的な見た目の「隕石」もあるということで、気になったこの2つを買ってみることにします。

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隕石落下の様子(ロシア2013)

Nikita Plekhanov - http://gallery.ru/watch?ph=z6Q-ewl8g, CC 表示-継承 3.0, Link

『隕石』アクセサリーを購入する問題点

 

どこで買うか迷いました。本当は信用できる「石のお店」などに出向いて買うのがいいのだと思います(専門店の東京サイエンスさんでも取り扱いがあり、そういうところだと確実だと思います)。

また、ネットでも買えますが値段もピンキリで、写真数枚では「分からない」というのが本当のところ。

「鑑定書」がつくわけでもないし(20万するようなものにはついてたり)、「偽物」もあるといいます。そもそも「隕石」かどうかの判断は専門家でないと難しい、と書かれていました。真贋どちらでも「勉強」くらいの気持ちで、ネットで写真とお店の評判を頼りに買ってみました。

 

購入①『ギベオン隕石のペンダント』

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綺麗すぎて驚くギベオン

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縦3.6cm 横2.6cm

「ウィドマン シュッテンテン」があまりに綺麗に出すぎていて、「本当に本物なのだろうか‥?と動揺を覚えるほどです。

綺麗な「ウィドマン」を出すためには少し研磨して酸につけ、最後に錆止めのコーティングをするのだそうです。アクセサリーにした「ギベオン隕石」はこうした処理がされるので綺麗にピカピカと光っています。

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裏面には「メテオライト」(隕石)の文字

 

購入②『パラサイト隕石のペンダント』

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日に当てると真ん中に緑色が浮かぶ

こちらは商品が届いた時、微妙な感じでした。ネットの写真と違い、黒くて地味。

「まるで亀の甲羅の破片でも浮かんでるみたい‥(少し気味が悪い)」などと思ってしまいました。写真は強い光をあてているので色目も分かりますが、普通につけてたら「黒い点々ペンダント」です。

「パラサイトって難しい!」と思いました。値段に差があるのも納得です。緑の「ペリドット」がたくさん浮かぶ「万華鏡」のように綺麗なものもきっとあるはずです。

(「パラサイト」の値段がピンキリなのは、模様の出方も考慮されているのでしょう)

そして見た目の美しさに加えて、「パラサイト」はとても稀少なのだそうです。そもそも「石鉄隕石」自体の数が少なく、「パラサイト隕石」は隕石中の数%(それもかなり低めの)なのだとか。

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直径2.5cm

 最後に(大きな「ナンタン隕石」)

 

色々と疑念や文句を言いましたが、せっかく縁があって来てくれた「ファースト隕石」を身につけたり鑑賞して、大いに楽しもうと思っています。

真贋はもちろん気になりますが、誰でもできる(?)「隕石」の見分け方があります。それは持ってみると「異常に重い」というもの(でも、アクセサリーの場合、ペラペラにスライスしてたりするので重さがよく分らないのです(悲)。また、「偽物」であったとしても「偽物とはこういうもの」が分かれば、それはそれでいいのです。)

 

興味のある方は、科学館や博物館に「隕石」の展示があるので、そうした展示をとっかかりにするといいかもしれません。私も突如ひらめいて「隕石ペンダント」を買ったわけではなく、今年の春、「生命いのちの海科学館」(蒲郡市)で大きな「ナンタン隕石*4をさわらせてもらい、「隕石って面白い!」と思ったのが始まりでした。

(本当に実物は百閒にしかずで、触らせてもらったことで「隕石」を身近に感じられるようになりました。あの時、「隕石」の話を熱く語ってくれた館の方には感謝をしています。)

 

‥ということで、また展示を見に行こうと考えつつ、『隕石ペンダントを買う。真贋は分からないけれどそれもまたよし』でした!以上です、ではまた!

*1:長いネームは、この構造を発見した人の名前。

*2:緑のかんらん石は「ペリドット」と呼ばれる。

*3:「パラサイト」は寄生ではなく、発見者のパラスさんに因んだ名前。

*4:中国に落ちた隕石。「南丹隕石」1516

星が降る土地『星崎』【落ちた隕石を御神体にする『喚續よびつぎ神社』】【隕石の伝説】など(名古屋市南区星崎)

星が降ったことからその名がついたと云われるのが名古屋市南区にある「星崎ほしざきです。複数回の隕石の伝承があり、江戸時代に降った『星の石』呼続よびつぎ神社」のご神体となっています。隕石こそ見れませんが、ロマンを感じる「星崎」と神社やお土産などを紹介したいと思います。

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Yakup IpekによるPixabayからの画像 

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①『喚續よびつぎ神社』

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「喚續神社」入り口

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本殿

創建は1523年(大永3)で、天照大神などを祀っています。「喚續神明社しんめいしゃ」という通り、お伊勢さんと同じ「神明造り」をしています。

 

縁起によれば、「神社西の海岸堤防が何度も決壊し、お伊勢さんに1万回のお祓いをしてもらったところ、神徳があって堤防が完成した」と書かれていました。い、1万回のお祓い?にびっくりしますが、神社はお伊勢さんの方を向いて建てられています。

 

さて、1632年寛永9)の旧暦8月の話。深夜に塩田で塩造りをしていると、突然、隕石が空から降ってきたそうです。落ちた『星石』は庄屋さんの家に保管されていましたが、1829年(文政12)にこの喚續神社に寄進され、現在では同社のご神体となっています。

 

実物を見れると嬉しいのですが、写真などで見ると重量約1kg。大きさは約14cm×8cm×7cmというサイズ。落ちた場所の名から「南野みなみの隕石」と呼ばれています。

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神社と隣り合わせの「紗羅餐本店」

(因みに「喚續社」の隣りは、名古屋で有名なお蕎麦屋さん「紗羅餐さらざん本店」になっています。上品なお蕎麦で人気のお店で、「喚續社」とセットで行くといいかもしれません。)

 

②『星宮社』と「尾張氏おわりうじ

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「星宮社」

「喚續社」のすぐ近くにある「星宮社ほしみや、ほしのみや」です。こちらも『星』にまつわる伝説のある神社です。社説では637年(舒明天皇9年)に、「七星が降り、神託があったので社を建てた」という説明がされています。(「七星が降り」などという文言を読むと、後から「妙見信仰」が入ってきたのかな?という気がします)

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「星宮社」本殿

「星宮社」のご祭神は「星」の神社にふさわしく、星の神天津甕星あまつみかぼし神」を祀っています。

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境内 「上知我麻かみ ちかま社」「下知我麻しも ちかま社」

境内にある上下「知我麻ちかま神社」です。熱田神宮に同じ名前の神社がありますが、その元宮といわれています。今は「星宮社」ですが、もともと最初にあったのはこの「知我麻神社」であったかもしれません。

 

もともとこの辺り(笠寺台地)は「松巨嶋まつきょじま、まつごじま」と呼ばれた島状の土地で、尾張の古代豪族「尾張氏おわりうじ」が住んでいた場所といわれます。

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赤丸が「松巨嶋」の辺り。突端に「星崎」の地名が見える

(ここから近い)熱田神宮そばの「白鳥しらとり古墳」「断夫山だんぷざん古墳」などの主ぬしも「尾張氏」とされ、「上知我麻社」に祀られる「乎止與命おとよのみこと*1も同じく「尾張氏」です。

尾張氏が住んだ「星崎」の地は、当時は星がよくみえる風光明媚な岬だったのかもしれません。

 

③『星崎』の地名と伝承

 

『星崎』という地名は、平安時代の記録にはすでに見えるということでした(文献が不明で申し訳ない)。「星が落ちた出来事・伝説」が『星崎』の地名の由来というのですが、ちょっとモヤッとする感じもあるので年代順に並べて書いてみます。

【『星崎』の星の伝説】

 

①637年(舒明天皇9年) 「七星」が下り、神託があって「星宮社」を建てた(社説)

②935年(承平5年) 「隕石が落ちた」という伝承がある。(wikipediaより)

③1205年(元久2)5/24 入江に明星が降りる。(wikipediaより)

④1632年(寛永9) 「南野隕石」落下。(事実。物が残る)

 

この中の③は注目してもいいかもしれません。日付がはっきりしていることと、海中に落ちたので隕石の回収はできなかったのかもしれません。

 

こうしてみると、やはり岬の突端で「星が見えること」。また、「星崎」は塩田が盛んで昼夜関係ない作業の中、「流れ星」なども目にしやすかったのかもしれません。「隕石」も実際落ちたし、(隕石は置いといても)「星」がよく見える美しい土地だったのだろう、ということで個人的には解釈をしました。

 

④『星崎』のお土産

 

最後に星崎のお土産を紹介したいと思います。「隕石」があれば1番嬉しいのですが、昔の「製塩」に因んだお菓子を買ってきました*2

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「星崎の塩浜」の包装紙(江戸時代の塩造りの様子)

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塩竈」5個と「温石」5個のセット(1箱1500円)

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【左】塩竈しおがま 【右】温石おんじゃく

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塩竈」はシナモン風味

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「温石」は、白い餡が入っています。

両方ともほどよい甘さで柔らかくてとても美味しかったです。「温石おんじゃく」って隕石のことかな?と一瞬思ったのですが、昔「カイロ」代わりにしたり、製塩の際に使った「石」のことなのだそうです。昔に思いを馳せながら、美味しく頂きました。

こちらは本星崎町の『本松』さんというお菓子屋さんのお菓子になります(食べログ『本松 本店』)。

 

最後に(星降る土地)

 

‥ということで、「星崎」の地名に関連する「喚續神社」「星宮社」を見てきました。私の他にも「隕石の話」にロマンを感じる人はやはりいるようで、同じ目的で「星崎」を訪れる人もいると聞きました。こんなに色々と伝承があるのですから、もっとアピールして「町起し」にも使ってもよさそうな気もします。

時期的にはやぶさ2」のカプセルの回収もあり、少しワクワクしてしまい、星崎では手に入れれなかった「隕石」をこの後、買ってみました。

またそれも載せてみたいなと考えつつ、以上、「星が降る土地『星崎』【隕石を御神体にする『喚續よびつぎ神社』】【星宮社】」でした。ではまた!

*1:ヤマトタケルの妃になった「宮簀みやづ姫」の父とされる。

*2:この辺りの塩は「前浜塩」と呼ばれ、ブランド塩だった。

『行き詰まる、何もしたくない、やる気が出ない、無気力、全てのことに飽きた』時は一体どうしたらいいのか?

「行き詰る」ということってないでしょうか?人によって「行き詰り」の内容は違うかと思いますが、私の「行き詰り」は「もう何もしたくない」「何にも興味が湧かない」「全てに飽きた」「毎日同じ繰り返し(マンネリ?)」という類いのものです、これはたまにやってきます。特に毎年12月はこうした末期な気持ちになり、ついでに風邪を引き、寝込んだりしています(今年は気をつけているせいで風邪を引くことこそありませんが‥)。

 

行き詰まりの症状 『何もしたくない』『全部飽きた』

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 Лечение НаркоманииによるPixabayからの画像 

それまで興味のあったものにも「シーン‥」という感じになります。

気力が落ちたのか、心が疲れたのか‥。

【私の場合】

  • 「食べ物も要らない」(そもそも「食」にあまり興味がない‥)
  • 「近場に出かけるのはもう飽きた」(これはコロナで遠方を自主規制しているため)
  • ポータルサイトの記事もつまらない、TVも面白くない。ネットの情報過多にもうんざり」
  • 毎日同じことの繰り返し」「3食のごはん作りももうイヤ」
  • 欲しいものも無い

というような感じで、完全に「行き詰っています」。やさぐれています。

年がら年じゅう、目的をもち、明るい気持ちをもって、興味のあるものを追いかけていけるわけではないので、やっぱり、不完全なポンコツ人間だからしょうがない、というのはあるのですが‥。

 

年齢的なものもある 「目新しいものは何もない気がしてしまう」

 

「いろんなことに飽きた」「興味が湧かない」という問題は、年齢的なものもあると思っています。年齢を重ね、そこそこ経験してきたせいもあり、色んな事に飽きてしまうようです。

「あれもやったこれもやった」「それも知っている、これも聞いた」「もうそんなに面白くない」「目新しいことは無い」というような‥。

体とともに心も若さを失っている

私は傲慢で、退屈な老人みたいになってしまっているのかもしれません‥。

こうして書いていて、

「世の中が退屈なのではなく、人生をつまらなくしているのは自分なのだ」

と、少し恥ずかしい気がしています。 

 

とりあえずの解決法①「寝る」

 

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LoggaWigglerによるPixabayからの画像 

「なにもしたくないんだから、寝たらいいじゃん」ということで、寝ます。

ひたすら寝ます。冬だし、いつもより長く睡眠をとってみることにします。

確かに、これで治る場合もあります。

でも、今回の「無気力の病」はなかなか手強く、寝た位では解消されません。

起きても、寝る前と変わらずやる気の出ない、そういうバージョンの時もあります。

(もう体の疲れでなく、気持ちの疲れ?)

 

とりあえずの解決法②「時間がたつのを待つ」

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Jill WellingtonによるPixabayからの画像 

いつかは解消するだろうから、「時間がたつのをひたすら待つ」という方法。

確かにいつかは解消されるでしょうが、それがいつかは全然分かりません。

(かれこれ2週間くらいこんな感じですが‥) 

しかし、これでは時間がもったいなさすぎる。強制的にでも自分を動かさなければ‥。

「誰かが喝破かっぱ*1してくれる」といいんだけどなぁ、と夢想したり‥。

でも、大人の自分を正面から叱りつけてくれる人は誰もいません。

結局、「自助(自分で自分を助ける)」しかないのです。2-3日寝て治らないなら、もう「自分でどうにかする」しかありません。

 

自力救済①「新しいことをやるしかない」「別人格を生きる」

 

「今までの日常に飽き果てている」のですから、「新しいことをやる」「したことのないことを敢えてやる」のがいいかもしれません。

 

「新しいこと」って何でもいいのですが、習い事を始めるとかでも勿論いいし、いつもは着ない服を着る。いつもは食べないものを食べる。いつもと違う道を歩く、でも十分だと思います。

(あまりに行き詰った私は、室内を後ろ向きに歩いてみたりもしました。「ムーンウォーク」?)

 会社の人間に対して、まるで今日初めて会った人のように振舞うのかもいいかもしれません。「自分にも飽きてる」のだから、「新しい人生、新しい人格を生きる」のもアリです。

 

自力救済②「意味のないこと。理由のないことをしてみる」

 

普段の生活では、自分にとって「意味のあること」「理由のあること」しかしないという人も多いのでは?

「効率化」とか「時間短縮」とか「スムーズ」とか「それって意味あるの?意味がないのならやめておこう」とか、そういうことばっかり考えているから、私はなんか疲れてくるのかもしれません。

そうして疲れてやさぐれて時間をムダにしているなら、普段やらない「無駄なこと(?)」「意味のないこと(?)」をいっそのこと、この機会にやってみてもよさそうです。

「夕日を追いかけてみる」

「川の上流へひたすら歩いていく」

「知らない人の話をじっくりと聞いてみる」

 「書店にレモン爆弾を置いてくる」

などなど。

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Alex HuによるPixabayからの画像 

 

 自力救済③「やる気のある人間」を観察する。そして「何が今一番楽しい」のかを聞いてみる。

 

人にヒントをもらうやり方です。私の場合まず家族を観察して、質問をしてみました。

「今、何が一番楽しいのか」という問いに「八村塁」という答えが返ってきました。

これは驚いた、というのが正直なところ。この「八村塁」の話はかれこれ数か月聞かされています。毎日、長い時間動画を視聴して楽しんでいることも知っています。

(えぇ、いまだに⁉)と思ったのですが、

そこで気づいたことは、私はどうも「消費が早すぎるようだ」、ということでした。

すぐに結論だけ知りたがる。「飽き性」で、パッパッと見てすぐ飽きる。分かったつもりになってもうお終い。

いくら「面白いもの」があってもそんな速さで「消費」してしまっては、いくらあっても足りないのかもしれません。

(アリのエキスだけを吸う「アリジゴク」みたいなイメージです。それもチュチュって吸って、すぐペッみたいな‥)

 

「好きなものへの愛情も感謝もまるで足りてない」

「好きなものはもっと時間をかけて、じっくりと楽しもう」

と、少し自分を見つめ直す機会になりました。

 

最後に(明日という日を取り戻すために)

 

‥ということで、しばらく続く「無気力」「やる気が出ない」「全てに飽きた(気がする)」「マンネリ」を解決するため、自分なりに方法を考えてみました。

もちろん「解決法」は人それぞれだと思います(「好きな曲を聴く」とか「名言を読む」とか「運動をする」などもよく聞きます)。

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TaoyuetongによるPixabayからの画像

 こうして最後まで読んで下さった方は、きっと「全て飽きた、やる気でない」が思い当たる方ではないのかなと思います。

この「記事」を読んでも全解消にはならないかもしれませんが、何か1つくらい解消するヒントがこの記事にあれば幸いだ、と思って書いています。

 時々やってくる「無気力問題」。寝ても解消しない強力な「無気力問題」に直面した時、どうするか?

「無気力で感情が希薄」になってしまっているのですから、「好きだったもの」にもう1度「愛情」を感じれるように、昔の自分の「温かい気持ち」を思い出してみて下さい。

どうか少しでも良い方向へ向かいますように‥とお祈りしつつ、

『行き詰まる、何もしたくない、やる気が出ない、無気力、全てのことに飽きた』時は一体どうしたらいいのか?』でした!以上です、ではまた!

*1:本当の正しいことをいってくれて、叱ってくれて、導いてくれる。

『先祖のルーツを探す』【自称 森蘭丸の一族】【蓮台城跡】(岐阜県笠松町)

『ご先祖様』が何をしていたのか?どこにいたのか?自分の『先祖』について興味のある人は多いのではないのでしょうか?私は長年、この件について放ったらかしにしていました(興味も無かった)。しかし、年々聞ける人が居なくなり、このうえ両親が亡くなれば、さらに追うのは困難になるでしょう。限界ぎりぎりの今、自身の『先祖』を追いました。 

先祖の追い方

 

①「聞けるうちに親族に聞いておく」

 

『ご先祖』のことをチラッと聞くことありますね。一番よく知っているだろう祖父母や両親、親類、本家などに話を聞き、忘れないように書きとめておくのがいいと思います。(私は、祖父母に先祖を聞く機会を永遠に失ってしまったのを残念に思っています)

 

②『戸籍』をさかのぼる

 

 「遡れるだけ、遡りたい」という意図を役所に伝えるとその分を出してくれます。どっかで「これ以上出ない」と打ち止めになります。

(本籍を移してしてたりすると、その前にいた市区町村に請求していくことになり、移っている場合は少し手間がかかります。父方は母方と違い、5ケ所に請求することになり、少し大変でした。) ちなみに、父方母方とも明治の途中まで遡ることができました。

 

③現地へ行く。聞き込みをする。

菩提寺があればお墓や『過去帳』から探る。

 

 

母方の『森氏』を追う

 

今回は、母方の「森氏」を追います。

母いわく森蘭丸の一族」と言っていたので、「またまた~」「森なんて名字いくらでもいるでしょ」と本気にしていませんでした。

「何か伝わっているものは?」と聞くと、「明治24年の濃尾地震で全て無くなったらしい。曽祖母1人残して生き残りは誰もいない」とのことでした。

‥ということで証拠のない『自称 森蘭丸の一族』なのですが、でも母があまり真剣に言うのもあり、『謄本』を遡って取り寄せてみました。

 

【『謄本』を見て分ったこと】

 

①「曽祖母」までしか追えない(それ以前のことは「曽祖母」の両親の名前程度)

 

②「曽祖母」は明治の初め、愛知県一宮市萩原で生まれている。*1

また近くの岐阜県笠松町田代たしろには森蘭丸の祖父の城があり、代々居住をしていました。(距離が近いので、同族であった可能性はありそうですが‥。)

 

明治19年に「曽祖母」は戸主を相続。

震災で家族が全員亡くなったから、戸主を相続したのかと思いきや、震災の5年前に戸主になっています。11歳の女児の戸主なんて奇妙ですね。

戸籍にも「願済ねがいずみ相続ス」と「ワケあり」の書き方をしています。でも、もうこれ以上「戸籍」から探ることはできません。もうこの辺の事情は永遠に不明です。

 

明治以前にもご先祖が住んだろう「萩原町」を通り、実際に笠松町田代の「城跡」へ行ってみることにします。

 

森氏の居城「蓮台城」跡(岐阜県羽島郡笠松町田代)

 

一宮市萩原町」の以前の住所は、現在は田んぼ。住宅が少しといった感じの場所でした。震災当時はこの隣の「起おこし」も家屋は全壊という話だったので、この辺りも恐らく同じような惨状だったのでしょう。

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さて、お城の跡は「森越後守居城跡」と呼ばれています。でも、城跡の碑などはなく、探すのに大変苦労しました。*2 地元の人に「多分ここ」と言われても「えっ?」という感じ(いまだに半信半疑)。場所は上の地図の「白髭神社」の側になります。

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城跡のふきん

城の何かが残っているということは無い様子でした。でも、お向かいのお家に「森」と書いてあるではないですか!地元の方に聞くと「ここは森姓多いですよ」との嬉しい答え(この辺りに住む「森」さんこそ、「森蘭丸」の血に近そうな気も‥)。

 

さて、「笠松町歴史未来館」のパンフによれば、

① 「田代」は以前は「蓮台れんだい」という地名で、「蓮台城」という城があった。

② 城主「森家」はもともとは土岐氏に仕え、暦応年間(1338-1341)から200年、ここに居館を構えていた。

③(森氏の系図によれば)森泰可(蘭丸の祖父)が住んでいた(1501-20年頃)。

とあります。また、

蓮台は「天正14年(1586年)の木曽川洪水により流れが変わるまでは尾州に属し、尾張美濃国境に在り両国の鬩せめぎ合いの地であった。」

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 引用:『戦国の雄 森一族と居城美濃金山城の軌跡』金山歴史同好会2016

とありました。(ここ尾張領だったのか?と以前ブログに書いたこととの整合性は大丈夫か?とドキリとしましたが‥)

 

 「森一族」で有名な3人

 

「美濃森氏」で有名な3人を取り上げました。

①『森可成よしなり』(1523-1570)

 

森可成」は信長より11歳年上。最初期の戦い(桶狭間の戦いなど)から共に戦い、信長の信頼が厚かったといわれています。中美濃攻略のために奪取したのが美濃の「金山城かなやまじょう」(岐阜県可児市)で、蓮台城から「金山城」に居を移しています。

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美濃金山城』(可児市) 破却の跡が残る石垣

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城跡から望む美濃の山々

さらに転戦を重ね、最後は京都と岐阜のラインをつなぐ重要拠点「宇佐山うさやま」(滋賀県大津市)を任されます。大軍の浅井・朝倉連合軍を相手に城を死守するため、自らは撃って出て討ち死にをしています(このおかげもあり、城自体は落城を免れています。漫画『信長のシェフ』にはとてもて恰好よく描かれていて、こんな人いたら素敵なのですが‥)。

この「可成」の死を信長は大変嘆いたと言われています。その子「蘭丸」(正しくは「森乱」か)の登用は、この旧臣への哀惜もあったことでしょう。

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可成が討ち死にした近江坂本「比叡の辻」(滋賀県大津市

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可成のお墓のある「聖衆来迎しょうじゅらいごう寺」(大津市

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森可成」のお墓

②『森長可ながよし(1558-1584)

 

「蓮台城」で可成の次男として生まれました(長男は戦死)。

1570年、父の戦死により、13歳で家督を相続。織田信忠配下の武将として長篠の戦い、武田攻め、越後侵攻に活躍。「本能寺の変」後は金山城に戻り、東美濃の鎮圧に努め、1584年小牧・長久手の戦いで、岳父の池田恒興とともに秀吉陣営につきますが討ち死をしています(26)。勇猛果敢な逸話が多く、「鬼武蔵おにむさしという異名が残されています。

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戦死の地「武蔵塚」(愛知県長久手市

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森一族が眠る「可成寺かじょうじ」(岐阜県可児市

長可によって創建され、自身の墓もある。

③『森蘭丸』(1565-1582)

 

「可成」の三男として「蓮台城」に生まれます(金山城で生まれたという話も)。

12歳で信長の小姓となり、下2人の弟(坊丸、力丸)ともに信長の寵愛を受けます。

また短い間ですが美濃岩村城の城主ともなっています。そして本能寺の変では、下2人の弟ともに討ち死を遂げます(17)。可成寺境内には、2人の弟とともにお墓が建てられて供養されています。

こうして、森家の男児はほぼ討ち死したのですが、末弟「忠政」(1570-1634)のみが戦国時代を生き残り、最後は美作津山藩藩主」となっています。

(実は、末弟「忠政」も「信長」の小姓として仕えていたのですが、粗暴を咎められ、幼少を理由に親元に戻されています。これが無ければ、兄弟全員が戦死していたわけで‥)

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森蘭丸の兜」の展示(可児市戦国山城ミュージアム

 

最後に

 

「歴史上有名な人物とつながりがあったら嬉しいな」と誰しもが思うと思います。

でも逸話が残るだけで、会ったことも話したこともない昔の人の話。良い噂話を聞いてたけど、実際会ってみたらまるで合わない人間だった、ということも実際にあることで、「歴史上の人物に憧れすぎは禁物かな」と個人的には思っています。

 

そして、「永遠に謎のまま」であるからこそ、飽き性の自分がこんなにも長い間、歴史に興味を持ち続けていられるのだろうとも思っています。

(もし、歴史上の人物を目の当たりにすることができ、「謎」が分かってしまえば、飽き性の私はとっくに興味を失っているような気がします)

 

また最初に書いた、自身の「先祖」に興味のある方は、是非家族や親せきに聞いておくことをおすすめします(やがては聞ける人がいなくなってしまいますから‥)。

(最近、義理の父が義理父方の家の「家系図」と「親戚の住所一覧」を作成し、配ってくれたのですが、こうしたことをしてくれる人が親戚にいれば助かるのですが、なかなかそうはいかないと思います)

 

本当に最後に、結局のところ『自称 森蘭丸の一族』のままでした!

(何の解決もないままにお付き合い頂いて、本当に申し訳ありません!

将来、日本でもアメリカのようにDNA検査で「自身のルーツを調べること」ができるようになるのかな?と想像をしているのですが‥。

全てが判明してしまうと「都合の悪い真実」が出てきて問題多発でしょうから、日本ではだいぶと未来の話になりそうな気もします。*3

DNAの解析で「森蘭丸と繋がりなかったなぁ‥」とか、「あれ、逆にこの人と繋がりがあるのかぁ」と解ったら楽しそうだ‥と今から夢のように想像を巡らせています。

 ‥ということで、『先祖のルーツを探す』【自称 森蘭丸の一族】でした!以上です、ではまた!

*1:この「萩原」という場所には「森姓」が多いことを後で地元の方に教えて頂きました。

*2:笠松ナビ散策コース⑤『輪中と森蘭丸の里』笠松町歴史未来館リーフレットから

*3:奴隷貿易の歴史、DNA研究で明らかに』2020年7月の記事。『DNA検査の「自分探し」に米国熱狂、人種差別助長への警鐘も』2018年10月の記事。