物欲子(ぶつよくこ)のブログ

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(おもに)物欲ぶつよくの記

国宝「観音堂」(虎渓山 永保寺)が、鎌倉の国宝のあれに似ていて驚いた。そして、土岐川で石探し(岐阜県多治見市)

3月に歩いた多治見たじみの町について書いています。虎渓山永保寺こけいざんえいほじという円覚寺舎利殿鎌倉市)にとてもよく似た国宝のお堂を見に行っています。また、その帰りみち、多治見の土岐川ときがわ石探し(めのうや珪化木探し)をしました。

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 JR多治見駅の北側に虎渓公園という、町を一望できる見晴らしの良い公園があります。まず、そこからスタートします。

①虎渓公園から、『永保寺』へ

 

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虎渓公園内の展望台

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公園から町を一望できる

少し高い場所にあるので、山に囲まれた多治見の町を一望できます。

下街道*1 を歩いてくると、春日井かすがいから峠を越えて、この多治見に入り、また一山越えて隣の土岐市ときしへと出ますが、昔のまちは、山で区切られた山に囲われた空間というのがよく分る眺望で、意外と狭いような気もするものです。

 

そして、この公園から北側がお寺の境内となり、永保寺境内へと入ることができます。

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永保寺へ続く道(下に土岐川が流れていて良い眺め)

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岩がごつごつ(チャートの褶曲しゅうきょく?)

この道を下っていくと‥、

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見えました!永保寺

②『虎渓山 永保寺』 国宝「観音堂」と名勝庭園

 

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国宝の「観音堂」と臥竜

これは驚きです、ほれぼれするくらい立派(人が全然いないのも驚きですが‥)。水墨画の世界みたいで、ドキリとしました。

左側にある巨岩は梵鐘岩と名前がつけらています。印象的な立地を選んで、観音堂が建てられていることが分かります。

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臥竜池にかかる無限橋

お堂は、鎌倉期の禅宗。お庭は浄土式庭園と様式は違いますが、すっきりとした気持ちのいい庭園です。

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「無限橋」の中央にある四阿あずまやも印象的

無限橋の真ん中には腰掛け部分があり、そこからも眺めるお庭も素敵でした(会話もはずみそう)。

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上から見た庭の様子

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梵鐘岩からは滝が流れている

岩の上の小さなお堂が気になりますが、このお堂は「六角堂」といい、お堂の中には約1000体のお地蔵様が安置されているのだそうです。

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六角堂の解説

心願成就のために、お地蔵さまを借り受けるということでした(残念ながら、中の拝観はできませんでしたが‥)。さて、橋を渡って、観音堂にお参りします。

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国宝「観音堂」(南北朝時代1337-92)

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観音堂の解説

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建物側面

素晴らしい反りです。しゅっとしてかっこいいです。そして、鎌倉のあの円覚寺舎利殿によく似ています。

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円覚寺舎利殿

江戸村のとくぞう (Edomura no Tokuzo) , CC 表示-継承 3.0, Link

うーん、ほんとに似てる(反りと立地では、永保寺が勝ってるかな‥?)。

2つのお堂とも国宝で、同時期ですが、知名度は天と地ほどの差があるという‥。

でも、多治見で鎌倉気分が味わえる!という不思議な満足感もあり、テンションが上がります。*2

さらに、永保寺ではもう1つ、国宝建築物を見ることができます。

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同じく国宝の「開山堂」(南北朝時代) シュツとしてる

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開山堂の解説
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立派な境内の寺務所(こちらは京都のお寺みたいな雰囲気)

そして、臥竜池から南へ行くと、土岐川がお寺の横を流れているのを見ることが出来ました。

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境内側から土岐川をみる

この渓流沿いの景色の良さも、ここに寺が開創された理由の1つである、といいます。

 

土岐川は、この場所でググッと湾曲して、流れていきます(右上の写真のカーブがそれ)。これが渓流美となっているのですが、川がまっすぐ流れることが出来ないのは、ここの地質が堅いから。川が削ることが出来ないほどの超堅い地質ということです(途中に見た、チャートの褶曲、ゴロゴロした巨岩‥、あれはそういうことか、と気がつきました)。

 

さて、この土岐川では、めのう珪化木けいかぼく木の化石)が採れるといいます。河原に降りてみたくてうろうろしますが、ちょうどよく降りれそうなところがありません。

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対岸の河原で石を拾いたいのだけど、だめだ、溺れてしまう‥

 『虎渓山永保寺

【創建年】1313年 【宗派】臨済宗 【開創】(土岐氏の招きを受けた)夢窓疎石による(開山は元翁本元)【本尊】聖観世音菩薩

【拝観時間】随時(夜間の拝観はできない)。拝観料無料(建物内部の拝観はできないが、庭園など随時) 【住所】多治見市虎渓山町1-40

www.kokei.or.jp

土岐川で石拾い

 

‥ということで、永保寺で拾うのは諦めて、JR多治見駅の側に戻ります。

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JR多治見駅前 昭和橋の下

こうして石を拾いだして思うのは、河原で石を拾いたくても、川に降りられる場所ばかりではない、いい河原探しが結構だいじ、ということです。

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河原で(めのうや珪化木はあるのかな?)

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アリゾナ産の珪化木

Jon Sullivan - http://pdphoto.org/PictureDetail.php?mat=pdef&pg=7983, パブリック・ドメイン, Link

上のように綺麗な珪化木が採れたらいいけど、土岐川で採れるのはもっと地味なもので、その名もずばり「土岐石」といいます。*3

緑色や茶色のものが多く、磨かずそのまま鑑賞するのが主流のようです。

磨いた小さなものを私も1つ持っていますが、暗い緑色に光る、地味なものです。

 

原石のイメージもつかめないまま、探すこと20分。うーん、‥無いかな?

でも、綺麗な石が多くて、土岐川での石探しは面白いです。

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拾った綺麗なチャート

‥ということで、チャートばかりでした!

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(右側)小牧山(愛知県)で拾ったチャートと比較中

同じチャートでも、土岐川の方が派手で綺麗です(チャート自体好きなので、土岐石が見つからなくても、まぁいいかという感じ)。

 

おみやげ

 

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多治見名物「たじみあられ」

駅の観光案内所やキヨスクで売られている「たじみあられ」。多治見のお土産に1つ買ってきました(200円)。昔ながらのさくさくとした軽いあられです。

 

最後に

 

‥ということで、多治見市を代表する古刹「永保寺」をお参りしてきました。

古色蒼然としつつもシャープな建築物、洗練されたお庭、こんなところが多治見にはあるんだな、とびっくりでした。

 

また、永保寺が開創された時代は、美濃守護・土岐氏の最盛期で、その土岐氏とつながりがあったこと北朝方の光明天皇(1322-80)の勅願所となったことなどが、明治まで寺勢を保った理由の1つなのかな?と思うのですが、もっと調べてみたら、もっと面白いことが分かるのかもしれません。

石拾いはまた次回頑張ることとし、以上、『国宝「観音堂」が、鎌倉の国宝のアレに似ていて驚いた』でした!以上です、ではまた!

*1:したかいどう名古屋市~中仙道大井宿間。

*2:隣の土岐市の高山城跡には、鎌倉のやぐらそっくりなものがあったり、多治見~土岐市には、鎌倉を彷彿とさせるものがある。

*3:木にケイ酸がしみこみ、碧玉化したもの。不純物の多いめのうのイメージ。

書籍『海藻の歴史』から、①フランスの海藻バター『ボルディエ』を取寄せる。②レシピから『わかめバタートースト』を作る。

今回、『海藻の歴史』という、1冊まるごと食用の海藻について書かれた本を読みました。各国の海藻料理の中から、気になったフランスの海藻バターボルディエ」を取り寄せ、食べてみた感想。また、巻末レシピから作った「わかめバタートースト」を載せました。

①『海藻の歴史』原書房2018

 

食の図書館』(原書房)というシリーズ本があります。何十冊とあるもので、「カレーの歴史」「ビールの歴史」「モツの歴史」「水の歴史」「キャビアの歴史」なんていう面白そうなタイトルが並んでいます。

その中でも、『海藻の歴史』が特に気になり、今回読んでみました。

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カオリ・オコナー『海藻の歴史』

本の中で、日本は「海藻大国」として、最も大きく取り上げられています。

逆に、食べない国が多いという事実に、海藻をよく食べる日本人としては少しショックを受けてしまったくらい。*1

そして、日本の他は、韓国・中国・ハワイ・カリブ海ニューイングランドイギリス諸島・北欧などの海藻料理が紹介されており、特に食べてみたい!と思ったのが、「ブール・ダルグ」という名の海藻入りバター(仏・ブルターニュ地方)でした。

いったい、どんな味わいなのでしょうか‥?うーむ、気になります。

 

②ボルディエさんの海藻バター『Le beurre aux algues』

 

ネットで「海藻バター」で探すと、いくつかの商品がでてきます。

中でも美味しそうにみえた、『ボルディエバター 海藻』(フランス)を取り寄せてみることにします。

注文からお届けまでは、約2~3週とある通り、到着まで3週間ほどかかりました。

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届いた「ボルディエバター」

せっけんサイズ(125g)です。

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裏面

材料はシンプルで、生乳が入っています。アルグ(Algues)が、海藻の意味です。

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黒・赤・緑の海藻が入る。綺麗なみた目

匂いは、バターというようり、ヨーグルトの香りに近いです。油が少なめなのか、あまりバターぽくない。

説明を読むと、ボルディエさんのバターは、「発酵バター*2というものを使っているのだそうで、上品な香りとみずみずしさがありました。

そして、パンに塗るか、魚と野菜のホイル焼きに1かけ入れるのがおすすめとあり、魚料理との相性がいいようです(ちゃんと塩分が入っていて、塩味がします)。

 

しかし私は、何となく「バターかけごはん」が食べてみたくなり、早速ごはんにのっけてみました。

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ごはんの上に1かけ(溶けにくい) 【右】電子レンジで加熱し、まぜまぜ

入っている海藻の香りですが、ワカメようなクセはなく、アオサや海苔よりも弱い(海苔が一番近い?)。

食べていると、私たちが食べている海藻って、ふだんは何も思わないけど、けっこうクセが強いものなんだなぁ、と逆に感じました。
このマイルドな海藻と上品な発酵バターのお陰で、バターかけごはんの下品な感じ(?)がありません(あれがいいんだけど)。

 

今回は、「バターかけごはん」にしてしまいましたが、次回は、トーストや魚料理につけてみようと思います!

【買える場所】 楽天などのサイト 【値段】買ったものは、1890円(125g)でした。

item.rakuten.co.jp

【日持ち】2週間程度。1回分づづラップし、ジップロックにいれて冷凍保存すれば、2ケ月程度持つそうです。

 

③レシピ『イギリス風海藻バター』で、「わかめバタートースト」を作る

 

さて、本の巻末には、海藻料理のレシピ集もあったので、ちょこっと作ってみました。

◎イギリス風海藻バター

バター(無塩でも加塩のものでも可。室温に戻したもの)‥250g

乾燥海藻(ワカメ、ヒバマタ、ノリその他を混ぜたもの)‥大さじ1(水につけてもどす前の分量)

シーソルト(味を調えるため)

1.海藻を水につけてもどす。もどったらペーパータオルやフキンでしっかり水分をとる。

2.海藻を細かくきざんで、柔らかくなったバターにシーソルトとともに混ぜる。

3.最低2時間は冷やして海藻の風味をバターになじませる。

4.海藻の分量は好みに応じて増やす。

引用:『海藻の歴史』レシピ集187pより

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材料(家にあったものをテキトーに)

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まぜまぜ(ワカメが多すぎた?)

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オーブントースターで焼いた結果

(バターが溶けてワカメだらけに‥。うっ、食べれるかな?)

立ち昇るワカメの匂いに少したじろぎましたが、食べてみると、まずくはない。塩を振った分、食べやすくなっています。

 

これは‥、食べ慣れてないだけ(油を吸ったワカメなんてふだん食べないし‥)。

「わかめバタートースト」にしろ「海藻バター」にしろ、もう慣れだな、コレ、と思いました。

 

最後に

 

‥ということで、『海藻の歴史』の本から始まり、取り寄せたり、調理したりしてみました。

実は、日本は海藻の一大藻場で、種類も豊富。世界1、海藻料理が充実している国のようです。

ふだんは何も考えず食べていますが、こうして海藻料理に興味を持つのは、小さい頃からみじかにあって、しょっちゅう食べているからなんだろうな、と思います。

豊富な海藻料理を食べれる日本に生まれたことを感謝しつつ‥、

以上、『海藻の歴史・フランスの海藻バター「ボルディエ」・わかめバター』でした!ではまた!

butuyokuko.hatenablog.com

*1:ギリシャ・ローマでは、海への畏怖とともに、海藻は野蛮な食べ物とみなされていたとのだとか。見た目ベチョベチョで、確かに外見はよくないけど。また、飢饉の時に食べたという、貧しいイメージもあるのだとか。

*2:バターの原料のクリームを乳酸菌で発酵させてから作る。風味・コク・香りに違いが出る。

『珍しいお茶』①【アーティチョークティー】ベトナム②【ハス茶】③花粉対策茶【杉ひのき茶】④【赤しそ茶】(島根県産)

先日、アーティチョークのお茶が売られているのを初めてみました。いったいどんな味がするものなのか?飲んでみた感想、効能などを書いています。その他、現在飲んでいる、少し変ったお茶(ハス茶、杉ひのき茶、シソ茶)も合わせて紹介しました。

①『アーティチョークティー』(ベトナム

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アーティチョーク

Abbasnullius -, CC 表示-継承 3.0, Link

アーティチョーク、最近はスーパーで、普通に見かけるようになりました。

でも、みためがギザギザしていて、実にまずそうなシロモノです。

先日、カルディで売られているのを見て、お茶ならば?ということで、買ってみました。

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「フンパット アーティチョーク茶」(箱の写真も美味しくなさそう‥)

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裏面

【値段】298円 【内容量】25P

箱を開けると、もう変な匂いがします(何かの草の匂い?)。

実際に飲んでみます。

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アーティチョークティー

ゴクっ。あれ?意外と飲みやすい。

すこし甘くて、香りと味は、何かの豆か草‥ハブ草茶*1にも似ています。

 不味くはない‥、豆茶の仲間的な‥。飲めるな、ということが分かりました。

  効能はどうなのか、拾ってみました。

◯ カリウムが豊富で、塩分を排出する効果がある(むくみやすい人に)。

◯ コレステロール値・中性脂肪値を下げる高血圧に効果がある。

◯ 肝機能を強化胆汁の出をよくする(お酒を飲む人、二日酔いにも)。

◯ 脂肪を分解したり、便を柔らかくする成分が含まれている。

◯ 抗酸化、デトックス

という具合です。

実を言うと、アーティチョーク自体、何かよく知らなかったのですが、和名は「朝鮮アザミ」。これ、アザミだったのか?、と驚愕しました。

そして、食べるのはつぼみの部分で、ガクの付け根や芯の部分を食べる、ということも分かりました。

味は、芋、カリフラワー、ゆり根に似て甘みがあるということで、それなら、食べれそう。今度見つけたら、youtubeを参考に調理してみようと思います。

 

②「ハス茶」(ベトナム

 

「ハス茶」は、今回紹介した4つの中で一番好きなものです。甘い匂いがあり、ほっこり癒される、不思議なお茶

ティーバッグの他、茶葉で売られているものなど何種類かあり、継続して飲んでいます。

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手にいれやすいのも魅力
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職場でも(リラックスできて、仏さまのような気持ちに‥)

【値段】写真のものは、429円 【内容量】25P

【買える場所】「カルディ」、「ジュピター」ほか。

【効能】美肌、新陳代謝促進、安眠、リラックス

 

③花粉症対策茶「杉檜茶」(中郷屋/福島県郡山市

 

さて、これは、杉ひのきの香りが好きで買ったものですが、このお茶がどういうものなのか、これまた、全く理解していませんでした。

花粉対策茶』という、福島のお茶屋さんが販売しているもので、他には「ぶた草茶」「背高泡立草せいたかあわだちそう」「カモガヤ茶」「ススキ茶」「イヌムギ茶」「白樺茶」など。なるほど、全部、花粉飛ばす系でした。

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杉檜茶

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裏面

「中郷屋」さんのサイトを見てみると、

その季節の花粉(抗原)を吸った場合、アレルギー体質の人は、その花粉に対する抗体を体内で作ってしまいます。次に花粉を吸い込んでしまうと、体内で抗原体反応が起こり、これが症状として出てしまうと言われます。体内にはないその「花粉」に体が反応しているのが花粉症。

そこで花粉を作る、その草木の葉や茎を製茶して、飲みやすくほうじ茶にブレンド。「お茶」として飲めば、疑似的にですが、外からの花粉を体が異物として感じさせないようにすることができると考えました。

2009年10月に、東京都が舌下減感作(ぜっかげんかんさ)療法の研究成果を発表し、約7割の花粉症患者で有効性が確認されました。 引用:「中郷屋茶舗」のページより

とあり、異物として体に感じさせないように、取り込んで、飲んでしまおう、という考え方のようです。花粉症に効くといいですね。

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杉・ひのきのチップ入り

さて、飲んでみると、

ほぼほうじ茶で飲みやすいのですが、最後に突き上げてくるのが杉・ヒノキかな?

確かにふつうのお茶でなくて、香りのある何かが潜んでいます。

少しクセがありますが、そんなに飲みにくいものではない(ほうじ茶単体の方が、もちろん飲みやすいけど‥)。

私は花粉症ではありませんが、お茶として「白樺茶」とか「ススキ茶」とか、飲んでみたいなぁ、興味あります。

【値段】1000円(販売しているサイトで価格差あり) 【内容量】15P

【買える場所】ことと屋(イオン内)、中郷屋さんのサイト、楽天など。

 

④「赤しそ茶」(島根県産)

 

これは以前、島根で、珍しさもあり、買ったのものですが、なかなか飲み進まず、賞味期限も切れて、残っていました。

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島根県産「赤しそ茶」

飲み進まなかった理由は、シソすぎるからシソの風味が頭までのぼってくる感じで、ほんの少し酸っぱさ(ビタミン?)もあります。

シソ茶は、リラックスするというより、違和感に目がさめる感じです。

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裏面(だいぶ賞味期限を過ぎてしまった‥)

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いよいよ最後の1包

色の変化が、青→赤→茶色、と楽しめるとあるのですが、うっすらピンク→茶色になるようにも思いました(変化はあっというま)。

【値段】(楽天で)325円 【内容量】10P 

【買える場所】松江の土産物屋、楽天など。

 

最後に

 

1人で買って、10包、20包消費するって大変ですが、飲んでみたい!、という好奇心には勝てません。

アーティチョーク茶」も、もしかしたらダメかな?と思っていましたが、意外と飲みやすく、調べる中で、欧米でアーティチョークが好まれる食文化などが分かり、面白かったです。

ただ飲むだけでなく、調べてみると、愛着も湧き、お茶がより美味しくなる気がします。

‥ということで、『珍しいお茶【アーティチョークティー】【ハス茶】【杉檜茶】【しそ茶】』でした!以上です、ではまた!

*1:エビス草の種子「決明子けつめいし」のお茶。スーパーなどで売られる。

『あいち朝日遺跡ミュージアム』【2020年オープン】【弥生時代を代表する巨大環濠集落】【旧貝殻山貝塚資料館】(愛知県清須市)

『あいち朝日遺跡ミュージアム』は、弥生時代の遺跡・遺物を展示する資料館です。最大の見どころは、出土品の状態の良さやその完成度の高さで、膨大な出土品のうち、2000点以上が重要文化財の指定を受けています。また開館したてで、展示棟や、整備された敷地内の復元住居・解説展示などが新しく、綺麗であることも見どころとなっています。

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「あいち朝日遺跡ミュージアム」とは(ジャンクションの下の弥生村)

 

朝日遺跡」は、愛知県清須市名古屋市西区に広がる、弥生時代から古墳時代前期までの長期間、居住が続けられた大集落遺跡です。環濠で防御された、南北2つの居住域、4つの墓域がある巨大なものですが、名古屋の人間ですら、「貝殻山(かいがらやま)っていう貝塚があるだけじゃないの?」という認識です。

これは、遺跡を覆って建つ「清洲きよすジャンクション」や、地表に出ていないせいで、おかげで、大集落があった、ということはあまり知られていません。

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清洲ジャンクション」は美しいけれど‥

Copyright © 国土画像情報(カラー空中写真) 国土交通省, Attribution, Link

上の写真のジャンクションの真ん中が、ちょうど大集落の真ん中にあたります(青丸は、「あいち朝日遺跡ミュージアム)。

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上の遺跡図では、⑧⑨あたりがジャンクションの真ん中という感じ

引用:『あいち朝日遺跡ミュージアム 常設展示案内』50p

朝日遺跡の規模は、東西1.4km、南北800m。北東から南西に谷があり(川の跡?)、また、南は干潟で、今とは違い、海のそばでした。最盛期には、1000人の居住があった、といいます。

 

【見所①】「弥生村」が楽しめる、きれいな公園

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奥の黒い建物が「朝日遺跡ミュージアム
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【左】貝塚の上から 【右】青いろが貝塚

メイン(?)の貝塚は、形も崩れているのか、土の盛り上がりくらいにしか思えません。

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復元竪穴住居(屋根の向きと入り口の向きが違うのが面白い)

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建物内部(穴が3つ。こうしたスタイルは、朝鮮半島経由なのだとか)
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【左】高床式倉庫 【右】復元した方形周溝墓ほうけいしゅうこうぼ
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【左】貝層断面表示 【右】環濠の様子(環濠に貝を捨ててたらしい
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弥生村の水田を復元

時おり、親子が遊びにくる位ののどかな場所で、明るくて綺麗、広さもある、復元施設もある、解説も充実していて、学ぶことができる、おすすめの公園となっています。

 

【見所②】「弥生村」の大パノラマ

 

本館の方に入ります。

本館の見どころの1つは、パノラマ展示です。

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展示室1

見ることのできない、大集落遺跡の全貌をせめてパノラマで‥ということでしょうか。

でも、分かりやすいです。ちょっと遠いかな?、と思っていたら、本来は望遠鏡の貸し出しがある、ということでした(新型コロナ対策で、貸出は中止中)。

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弥生時代の戦争がリアルでドキドキします

乱杭らんぐい、逆茂木さかもぎ、柵、環濠、土塁、柵と‥、何重にも防御しています。

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引用:「まなびいあいちno.72」表紙より

出土した逆茂木の本気度がすごい!しかし、こんなに防御しないといけないって、いったい‥?

 

【見所③】質・量ともに素晴らしい出土品

 

展示室2や企画展示室では、収蔵している出土品を見ることができます。

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展示室2

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土器の展示

左は「円窓付まるまどつき土器」、右は「パレススタイル(赤彩土器)」と呼ばれる尾張地方独特の土器です。なぜ穴が開いているのか気になりますが、はっきりとした使い方は分かっていないそうです(ロウソクとか灯火を入れてみたくなりますが)。

「パレススタイル」は華やかな赤色で、見ると明るい気持ちになるものです(材料はベンガラ)。

また、骨角器など、彫刻をされたものの出来が素晴らしいです。弥生時代の作とはとても思えず、最近作った、と言われても納得してしまいそうです。

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必見は、弥生時代の「ゆはず」(弓の両端の、絃をかける部分

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弥生時代の銛

状態が良くて感動してしまいます(本当に弥生時代なの?)。

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武器形木製品

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石製品のツルツルな仕上がりに感動する

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赤丸には細かい線描の、謎の絵が描かれていました(人面?)

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企画展示室

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味のある「沈線文形ちんせんもんけい土器」

沈線文の由来の、口縁部と本体に描かれた縄文土器ぽいデザインが面白いです(時代は弥生前期~中期)。

 

土人骨(史跡貝殻山貝塚交流館

 

居住域を囲む墓域群は、たいへん面白そうなのですが、見学することはできません(埋め戻されている)。

発掘された遺体の一部を、同じ敷地内にある「史跡貝殻山貝塚交流館*1 で見ることができます。

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方形周溝墓内で見つかった、骨太で立派な人骨(とてもいい状態)

写真の遺体ともう1体あるのですが、両遺体とも同じ方角、同じ向き(右側を下に)の屈葬で、埋葬の仕方にも意味合いがあったことがわかり、興味深いです。

 『あいち朝日遺跡ミュージアム

【入館時間 】9:30-17時  【定休日】月曜日・年末年始

【入館料】大人300円、高校・大学生200円、中学生以下無料 

【住所】愛知県清須市朝日貝塚

【サイト】「あいち朝日遺跡

おみやげ

 

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ミュージアムショップで

黒曜石製の「石鏃せきぞく」が気になりました。

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子供にもわかりやすい『常設展示案内』のパンフ(1000円)

 

さいごに

 

数千年を感じさせない出土品の素晴らしさは必見です。たくさんの人間と長期間の居住が生活用品の精度を上げているのだろうか、と感じました。

吉野ヶ里」のように、「弥生村」として整備して、「弥生村巡りツアー」「墓域群巡りツアー」などしたら、楽しそうなのに、現状はほど遠く残念です。

また、近くには、織田信長の城「清須城」があり、弥生から中世まで居住が連綿と続く土地柄ということも面白く感じます。興味のある方はぜひ、『あいち朝日遺跡ミュージアム』を訪れてみて下さい!

‥ということで、「弥生時代を代表する巨大環濠集落 あいち朝日遺跡ミュージアム」でした!以上です、ではまた!

*1:もともと、最初からあったのが「貝殻山貝塚資料館」で、現在は「貝殻山貝塚交流館」に名称変更。2020年に、「遺跡ミュージアム」の一部となった?

【仏教グッズ】①王朝風の図柄の『散華』 ②チベット仏教の塗り絵『癒しの塗り絵 美しい密教の仏とマンダラ』扶桑社

今回は、仏教の綺麗なグッズ2つを紹介したいと思います。1つは、蓮のはなびらの形をした散華さんげ」で、もう1つは『美しい密教の仏とマンダラ』という仏様と曼荼羅の塗り絵です。仏教に興味の無い人も綺麗なものなので、見て楽しんでもらえたら、と思います。

【仏教グッズ①】蓮の花びらを模した「散華」 

 

先日、ネットで「散華」が売られていることに気がつきました。そんなものまで‥、と驚いたのですが、いくつかの商品があり、どれもカラフルな絵がプリントされて、なかなか綺麗でした。試しに取り寄せてみると、

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届いた「散華」

本当は数枚で良かったのですが、100枚あります!値段はお店によって違いますが、900円ほど。紙は、少し厚めの厚紙です(サイズ:縦8.6cm、横7.2cm)。

建物の上から散布する場合には、軽い方がよく飛ぶので、もっと薄く作ったりと、工夫があるようです。

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味のある絵

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柄は5種類。地は金と銀。

上から、鳳凰多宝塔天女金・銀地に、極楽浄土な図柄が素敵です。

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雅楽火焔太鼓と、童子が舞う胡蝶の舞」の図柄

王朝風の素敵な図柄に大満足なのですが、問題は使い道です。100枚もどうしよう、です。

額に入れて飾る本のしおりにするのほか、私は裏にテプラで、好きな言葉を貼ろうかと考えています。

実際、100均のトランプの裏にテプラで貼っている。

また、実際の法要でまかれたものを頂いた場合は、ご利益のあるものなので、お守りにするのがおすすめのようです。

この後、紹介する奈良の「美術散華保存会散華の楽しみ方】に、散華の活用法が載っていて、そちらも参考になります。

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裏面はシンプル

 

『散華』とは

 

散華さんげは、蓮の花びらの形をした紙で、1枚1枚に美しい絵が描かれ、仏事に使うものです。散華をまく目的は「仏様を供養する」ためで、昔は生花を使ったそうですが、痛みやすさ・集めにくさなどから、紙が代用されるになったのだそうです。

 

紙吹雪のように散華が乱舞する、そうした実際の法要の様子を見たことはないのですが、奈良・京都などの古いお寺で、お守りなどとともに授与されているのを見ることがあります。

最初に入手したのは、唐招提寺であった気がするのですが、今見ると情報がなく、どんな図柄だったのかも探せませんでした。

そして、「散華」を調べるうちに気がついたのが、奈良の「美術散華保存会のホームページでした。

sange-npo.jp

散華保存会は、散華を収集し、散華の情報を発信しているサイトで、Q&Aや散華のコレクションの写真など、とても参考になるサイトでした。

そしてここで、奈良のお寺で散華を見かける理由も分かりました。日本画壇の大家たちが、お寺とつながりがあったこと(寺院の壁画修復などを協力をしたり)。修復や落慶法要で、こうした画家による散華が撒かれたこと、だと。

確かに!奈良の散華には、日本画風の、いぶし銀のような、本気の図柄が多い、と思っていました。日本画家とご縁があったのですね。

 

【仏教グッズ②】『癒しの塗り絵 美しい密教の仏とマンダラ』扶桑社2006

 

さて、こちらは、仏様と曼荼羅を塗るぬり絵です。

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『癒しの塗り絵 美しい密教の仏とマンダラ

綺麗な仏画に興味があるのですが、何冊か見た「仏画ぬり絵」の中で、1番きれいなものでした。

仏画集になると高いけれど、ぬり絵なので905円というお値段です。アマゾンでは、510円で売られていました)。

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引用:『癒しの塗り絵 美しい密教の仏とマンダラ』12p お手本のページ

この仏さまたちは、チベット仏教の絵師によるものということで、日本の仏様と雰囲気が違います。官能的で、ぐっとカラフルです。

最初数ページに、仏教の歴史と仏画の塗り方の説明があり、10の仏*1 と2人の聖者、3つの曼荼羅のお手本のページあり、あとは塗り絵という構成です。

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塗り絵のページ 曼荼羅

説明を読んで分かったのは、チベット仏教の仏さまの容姿・色・持ち物には厳格なルールがあり、その色に近い色(お手本)を塗るのが望ましい、ということでした。

好きな色で塗ればいい、と思っていたのですが、塗るうちにそうしたルールが分かるのも良いのかもしれません。

 

例えば、日本では、薬師如来には色のイメージはありません。

が、チベット仏教では、薬師如来が東方の瑠璃光るりこう浄土に住んで、朝や日の出を象徴することから、東の空色をイメージした瑠璃るりにその体を塗り、表現するのだそうです。

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引用:『癒しの塗り絵 美しい密教の仏とマンダラ』17p 薬師如来

最初は、青色の体が何だか怖く思えたが、空の色ということが分れば、少し落ち着いて鑑賞できます。

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るり色  Didier Descouens , CC 表示-継承 4.0, Link

また、対になる西方の阿弥陀如来は、日没の赤で表すのだそうです。
 

最後に(仏教はとっつきづらいところがあるけれど)

 

仏教に関して、お寺巡りをしたり、何十年と見ている割には疎いなぁ、と思います。

それは、経典や理論が難しかったり、説法くさかったりと、どうもとっつきにくいからだと思います。こうした末端のものから、仏教の1部分づつ知っていくやり方の方が、自分には気軽で合っているのかもしれない、という気づきもありました。

‥ということで、今回は気になって手に入れた仏教グッズ2つを紹介しました。以上、『散華と癒しの塗り絵 美しい密教の仏とマンダラ』でした!ではまた。

*1:釈迦、千手観音、文殊菩薩観音菩薩薬師如来阿弥陀如来など

謎の山・野犬山(ヤケンヤマ)を探す旅。そして、その結末(愛知県瀬戸市)

愛知県瀬戸市に、通称「ヤケン山」と呼ばれる山があります。その由来は昔、野犬がいたことから。何年か前に瀬戸市在住の人にその話を聞いて以来、その山をずっと探していました。今回、やっとそのヤケン山を見つけることが出来たのですが‥。その結果を書いていきたいと思います。

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①野犬山とは?

 

最初に聞いた話はこうでした。「ヤケン山という山があって、小さいころそこで遊んだ。野犬が住んでいたからヤケン山と呼ばれていた

野犬山、何というキケンな響き‥)、野犬山というフレーズが耳に残った私は、もっと詳しく話を聞きたかったのですが、その時はそれ以上聞くことはできませんでした。その後も、瀬戸出身の人に会えば、さりげなく聞いたりしていたのですが、野犬山を聞いたことはあっても、場所までは知らない、という人ばかりでした。

 

②ネットで情報を探す

 

最初に聞いてから数年、ネットで何か情報が得られるかもしれない‥、とうことで、検索をしてみました。すると、

昭和36年当時、立派な山だった。今は造成が進み、一部宅地に。残ってはいるが、昔はなかった柵が設けられた。

狂暴な犬(チャウチャウ犬?)がいた。(ただし、野犬に食い殺されたり、襲われたりした人はいないらしい)

授業で地層を見に行った。葉っぱの化石がとれた。

小さな池があり、ザリガニやカエルの卵をとった。

アケビや自然薯が採れた。

‥といった情報が得られました。

ほんとに存在したのです!しかもアケビや自然薯とか、想像していたのより、はるかに自然豊かな山のようです。

そして、なにより興味がわいたのは「地層がみれる」「化石がとれる」でした。

 

こうして、是が非でも行ってみたくなった私は、最初に話を教えてくれた人にもう一度戻り、野犬山の話を尋ねました(今はネット情報をすぐ見せれたり、googleのストリュートビューで場所の確認ができるので、本当に便利です)。

その結果、やっと野犬山の場所が分かりました

 

③ついに、まぼろしの野犬山へ

 

判明したその場所は、聖カピタニオ女子高校(瀬戸市)の東側一帯で、今も山の一部が残る、ということでした。

期待にワクワクしながら、さっそく現地へと向かいました。

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カピタニオに向かう坂道と「カピタニオ女子高」

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カピタニオから見える野犬山

高校の入り口から見えました。あれかー、ということで近づいてみます。
確かに地層のような(ただの断面にも見えますが)、化石はあるのかな?

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断面など

う~ん、礫ばかりにみえます。

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野犬山

しかもここは周囲は住宅地で、断面観察には不向きです。斜面を見て佇む私はどうみても不審者で、人にも聞きづらいし‥。とりあえず、ぐるっと山を1周して、化石と断層を探してみることにします。

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南には瀬戸タワーが見える

投げ捨てられたお菓子のカラとか空き缶とか、不法投棄のゴミとかが気になります。ゴミが多いのは、山奥ではなく、周囲が住宅地で人が住む場所だからでしょう。

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想像以上に大きな山
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1周にも意外と時間がかかる

こんな大きな山なら、確かに野犬も住んでいたかも。子どもの秘密基地もいくつも作れたことでしょう。奥まで分け入れば発見もありそうですが、大人の私は不気味なのもあり、周回するだけにとどめます。

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入り口は何か所あるが、柵をされた場所も
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化石はどこでとれたのかな?

‥ということで、1周してきました。

わかったことは、想像以上に広く、昔は本当に山であっただろうこと。化石もあけびも自然薯も中に入って少し探さないといけないかもしれない、ということ。投棄されたゴミが多いこと、でした。

せっかく手頃ないい山なのだから、整備して、みんなが散策できる山にしたら素敵なのに‥、などと一瞬思いましたが、そういえば、所有者は誰なのかというのもありましたゼンリンや登記を見てみようかな)。

 

最後に

 

個人的なことですが、私は町中で育ったため、田舎や帰省、田んぼに裏山、秘密基地などというものとは全く無縁に成長しました。

小さい頃、「田舎のおばあちゃんちに行くんだ」などというセリフを驚きと羨望の気持ちで聞いたものです(両方の祖父母ともに市内で、帰る田舎はなく、帰省を体験することはできなかった)。市外に住む友達の「裏山に◯◯があって~」などいう発言も(裏山ってなんだろう?)と、貧困な想像力をフル回転させて聞いていたものです。

また、ネットの情報を読んでいて分かったのですが、この野犬山が昔の小学生たちの遊び場であり(今も?)、彼らの共通の思い出の山として語り合われているのをみると、そんな場所を持たなかったことに、とても切ない気持ちになりました。

しかし、その思い出の山がゴミだらけではいけない。野犬山と限らず、ゴミ拾いボランティアなどを探して参加してみようか、と思った今回でした。
‥ということで、『謎の山・野犬山を探す旅。そして、その結末』でした!以上です、ではまた!

絵本『ミイラ学 エジプトミイラ職人の秘密』 ミイラ職人一家のミイラ作りがリアルで面白い!(ライデンの「古代エジプト展」会場で買えます)

昨年から、ライデン国立古代博物館所蔵の「古代エジプト展」が巡回していますが、その会場で見かけて気になった『ミイラ学 エジプトミイラ職人の秘密』というミイラの絵本について紹介したいと思います。4月16日からいよいよ東京展が始まりますが、会場で、「あっ、この本か」と思って、目に止めてもらえたら嬉しいです。

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愛知県立美術館の「古代エジプト展」での展示(2020年)

①絵本『ミイラ学』は何が面白いのか?

 

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タマラ・バウワー『ミイラ学』今人社2019

最大の特徴はその視点です。本の説明文にも「ミイラ職人の目線で描かれた本」とあり、読みだすと、まるで自分がミイラ職人一家の中に入ったようなエア体験が味わえます

そして、40pにも満たない本ですが、2019年発行の新しい本ということもあり、知らなかったミイラに関する知識に驚きます。

 

②あらすじ

 

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引用:『ミイラ学』15p  脳を取り出す場面

 あらすじは簡単です。王室御用達のミイラ職人パネブ一家が、亡くなった王妃の父のミイラ作りを担当し、ミイラを丁寧に仕上げて埋葬するというもので、最後は葬儀と宴会のシーンで終わります。

 

そして、面白いのは、この絵本に出てくるミイラがちゃんと実在していることで、ミイラの名前はイウヤとチュウヤ(イウヤの妻)といい、有名なツタンカーメンの曽祖父にあたります。

(葬儀のシーンでは、イウヤの娘(王妃ティ)、孫のアメンヘテプⅣ世(後のアクエンアテン)と妻のネフェルティティら王族の参列が描かれています)

 また、知らなかったのですが、このイウヤとチュウヤの墓は王家の谷にあり、ツタンカーメン王墓の発掘以前は、状態の良いこと・埋葬品が残っていたことでとても有名だったのだそうです。

 

③ミイラ作りの知識

 

面白く感じた、ミイラ作りの知識を本から拾っていきます。

ミイラ職人は、大都市テーベの西岸「死の町」に住み、神官と同階級とみなされ、尊敬されていた。

ミイラ作りは口伝によって伝えられた。

仕事中は、強烈なにおいに耐えなければならなかった、などの記述。

また、肝心のミイラ作りですが、

「バネブはまず、遺体の右側に立ち、長くて先のとがったまっすぐなブロンズのシャフトを手に取った。それをイウヤの鼻の穴にゆっくり差し込み、それで少しづつ骨をたたいてくだく。」引用:『ミイラ学』(14P)

など、脳をかきだすために、まず細い金具で骨をくだいて取り出せるようにする、という描写など個人的にリアルでした。

 

脳・内臓を取り出した遺体はその後、ナトロン溶液*1 やヤシ酒などで洗われ、体の形を保つためにナトロンの詰め物をします。

そして、そこにまた粉末ナトロンをふりかけて、斜めのテーブルに置き、遺体から水分を排出します。こうして、戸外でナトロン干しすること40日間。今度は、仕上げをする「美の家」という作業場に遺体を移します。

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引用:『ミイラ学』22p  包帯をまく場面

ここでは、遺体を柔らかくするため、香油マッサージが施され、肌は生前のような柔らかさを取り戻すのだとか‥。また体内に詰められたナトロンの詰め物を取り出し、新しい物にとりかえ、鼻の穴・お腹の切り口から熱い樹脂を入れて、開いた体の隙間をつめて原形を保つ作業をします。

 

最後に、15日はかかる包帯を巻く作業に入ります(包帯巻は、水除け・虫除けの樹脂を塗る作業も含む)。ミイラ作りは2ケ月はかかる長丁場。数多くの工程の繰り返し、ということが分かります。このほかには、

液体の一滴まで、体液のついたものは体の一部とみなされ、壺に入れられ、お墓に納められた。

左腹部の切り口から腸をとり出すが、最低限しか傷口を開けないため、手を差し込み、手の感覚でとり出した。

ミイラの両手を交差させるスタイルは王などのスタイルで、一般の貴族は両手はまっすぐ生殖器を隠すように置かれた。

といった、頭に思い浮かぶようなリアルな描写で、こうしたミイラ作りの知識がこの絵本の魅力になっています。

1994年、古代エジプトの技法で、人間をミイラにする実験が解剖学者らによって行われた、などの記述がさらっと書かれていましたが、どんな人がミイラになることを了承したのか、その実験結果も気になりました。)

 

イウヤチュウヤのミイラについて

 

さて、絵本の最後にイウヤとチュウヤのミイラのついて詳しく述べられているのですが「状態がいい」という通り、生きていた時そのままのような写真に驚きます。

2人はシリアなど外国出身だったのではないかという説があるそうで、高い鼻、くぼんだ眼窩、顔立ちからなるほどそうかも、と思えます。優しく穏やかな容貌で、品があって、私たちの知る王様のミイラとは異なるミイラのように感じました。

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引用:『ミイラ学』37p  王家の系図 髪型の違いなども面白い

最後に2冊、ミイラと古代エジプトの本を簡単に紹介して終わりにしたいと思います。

 

【絵本】アリキ『エジプトのミイラ』佑学社1981

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ミイラ絵本の定番

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引用:『エジプトのミイラ』 美しい絵が魅力

この『エジプトのミイラ』の発行から40年、新発見も増えました。今回の『ミイラ学』を読んで特にそう思いました。『エジプトのミイラ』でも、ミイラ作りや葬儀の話が同様に取り上げられ、ピラミッドや古代エジプトの神様についても描かれています。

 

【図鑑】てのひら博物館『古代エジプト東京美術2015

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古代エジプト』の総合的な図鑑

こちらもライデンの「古代エジプト展」会場で買うことができます。フルカラーで見やすくコンパクトで、古代エジプト情報が網羅されていて、おすすめの1冊です。

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引用:『古代エジプト』31p 歴代の王様のページ

 

最後に

 

今回は「古代エジプト展」でみかけて、気になっていた本を紹介しました。私は、名古屋展の会期終了後、最近、図書館で見つけて、その面白しさに気づき、購入をしました。

会場で面白そうな本を見つけても、慌ただしかったり‥、そんなに何冊も買えないし‥、で心残りになってしまうことってありますね。

これから「古代エジプト展」は、東京、仙台、山口、兵庫と巡回していきますが(静岡展は3月末まで)、会場で売られている本をチェックする際の参考になれば幸いです。

‥ということで、「『ミイラ学 エジプトミイラ職人の秘密 』ミイラ職人一家のミイラ作りがリアルで面白い」でした!以上です、ではまた!

leidenegypt.jp

*1:ナトロンは塩のような鉱物。水分を排出する。

【レビュー】①トラタニ『好循環シャツ』②「ダイエットスリッパ」(バランスサンダル) ③「ソイプロテイン」で美肌になるは本当か?

 今回は、ネットで購入した健康関連グッズ3つを使ってみた感想を書いていきます。 着るだけで姿勢改善トラタニ 好循環シャツ。履くだけで体幹レーニング『ダイエットスリッパ』。お肌が綺麗になるという、ソイプロテインの噂は本当か?の3本立てです。

 

①トラタニの『好循環シャツ』

 

好循環シャツとは?

「好循環っていったいなんだろう?」ですが、この不思議な言葉につられて買ってしまいました。

結局、「好循環」の意味は、上半身(肩や肩甲骨、腕周り)の動きがよくなる、ということのようです。

【商品説明】

サイトを見ると、「肩甲骨周りの筋肉がほぐれ、猫背・巻肩・肩こりを軽減。背筋が伸びて、肋骨・胸が広がるので、呼吸がしやすく・深くなり、代謝もよくなる可能性がある。」という説明がされていました。

その最大の特徴は、袖が背面向きに取り付けられていることで、そのおかげで腕が後ろに引かれ続け、巻肩・猫背の解消になる、との話。

 着るだけで労せずして、姿勢が改善されるなら、こんなにいいことはありません!

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実際の「好循環シャツ」(表側)

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背中がわ(赤線の部分:体の側面にくるはずの縫い目がこんな後ろに!

ペンギンの翼のように、腕が後ろに飛び出すスタイルになっています。

【実際着てみる】

早速、着てみると腕が後ろにひっぱられ、すごい矯正力だ!」と正直驚きます。これはすごい!、と思ったのですが1日持ちませんでした。徐々に矯正力が落ちてきて、普通のシャツに‥。

(効果を実感する為に、半袖タイプは1サイズ小さ目がおすすめなのだそうですが、私はSサイズで、そのS以下は無く、私の体にそもそも合ってなかった?)

※また、長袖は矯正力が強いのでジャストサイズがおすすめだそうです。

【よくない点】

化学繊維で暑い

(今でも暑いのだから、夏の季節は絶対ムリです。姿勢を直したいのに、1年中着れなかったら、意味がない気がします)

◯化学繊維感が強く、乾燥肌の人には不向き。

(乾燥肌の私は乾燥がすすみ、かゆく感じました)

‥ということで、

【個人的な判定】✖ でした。

【値段】 3800円(女性用半袖)

【サイズ】男女あり。S~LLなど。半袖・長袖などタイプあり。

【買える場所】「トラタニ」のサイト。楽天のサイトなど。

【素材】ナイロン 53%、綿 25%,、ポリウレタン 22%(素材比は商品によって違う

 

②ダイエットスリッパ(バランスサンダル)

 

職場のスリッパを健康サンダルに変えたい!ダイエットでも、ツボ押しでも、姿勢矯正でも、効果があるのなら何でもいい)という思いつきでネットで買いました。

履いてるだけで健康になるのだったら、こんなに楽なことはありません!

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購入した「ダイエットスリッパ」

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底をわざと不安定にし、バランスを取るのを難しくしている

【商品説明】

履くだけで、体感トレーニン

お尻と足の筋肉に効き、美しいスタイルになる

綺麗な姿勢になる骨盤の歪みの改善。O脚改善。

 

実際はいてみる

◯歩けます。歩けますが、歩くより難しいのはじっと立っていることでした!(特に足を開くと難易度が高くなる) 歯みがき・皿洗いなど、その場でしばらく立つこと自体が難しい!

◯しゃがみこむのは、バランスを取るのがさらに難しく、筋肉がプルプルします。

 (これを履いてのスクワットは結構いい運動だ、ということにも気がつきました)

【良い点】

◯バランスを取るため、足のふだん使ってない筋肉が使われる

太ももの内側・ふくらはぎなど、ふだん使わない場所がプルプル震える)

◯負荷がかかっているのが自分でもわかる。

(最初履いた日の翌日はうっすら筋肉痛?に)

 【悪い点】

◯スリッパよりは(高さがあるぶん)音がする

◯最初は動きにくくて少しイラッ、と(でも徐々に慣れます)

そしてもう1つの短所は(?)、人前では履きづらいこと。

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かかとが出る造りになっています

足が1/3くらい飛び出すので、当初の目的「職場ではく」は諦めました。

(ふざけてるようにみえてしまうかも?)

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結局、職場用はこの「つぼ押しスリッパ」に

【個人的な判定】◎

痩せるというより、体幹を鍛えるのにおすすめ。また、バランスに気をつけて歩くため、姿勢もシュッと伸びる感じです。

【サイズ】S(22.5~23.5)、M(24~25)の2サイズ。

(23.5の私はSを購入し、サイズ的に大丈夫でした)

【重さ】1足290gと軽量。

【カラー】ブラック・ピンク・レッドの3種。

購入したのは上のものですが、ネットで探すと似た商品がいくつかでてきます(どれでも良さそう)。女性用が多いですが、男性用も何かは見つかります。

 

ソイプロテイン

 

旦那さんが、お医者さんから食生活改善の指導を受けたことから、食事に関して色々と試しています。

たんぱく質やその他のビタミンを補うため」に飲みだしたものですが、ソイプロテインは大豆由来でお肌が綺麗になる、という噂があります。

まだ、2~3週しか飲んていなくて、レビューするには少し早いですが、気づいたことを書いていきます。

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Kentaiのプロテイン

【良い点】

Kentaiというメーカーのココア味とストロベリー味を買いました。

豆乳・牛乳で飲んでいますが美味しい!(水でもたぶん十分美味しいと思う)。

味が美味しくて、続けられることって重要です。

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溶けにくい問題も、プロテインメーカーで解決

先に牛乳、後から粉の順で入れて振るときれいに溶けます。(氷を入れて振ると溶けやすくなる、という話も聞きました。もう少し暑くなったら、氷でシェイクを試してみようと思います)

【悪い点】

私は大変美味しく感じますが、旦那さんのように「飽きた。粉ぽい。大豆ぽいと感じる人もいるので、個人差があります。

【効果】

旦那さんの肌が陶器のように白い美肌になりました!(でも、食生活の改善もしているので、いったい何が効いているのか断言できない‥。旦那さんはそもそもが美肌の持ち主で、ここ数年、皮脂過多で荒れていたのが、昔の美肌へと復活しました。驚)。

後から飲みだした私はというと、まぁまぁ肌調子がいいかな?というくらいの感想です(私はもともと汚肌の肌質で、成果が出ても美肌はムリかもしれない)。

でも、感触は悪くないので、これからに期待しています。

Kentai ウェイトダウン ソイプロテイン 甘さ控えめストロベリー風味 1kg

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  • 発売日: 2019/03/21
  • メディア: ヘルスケア&ケア用品
 

 【値段】約3300円 【量】1kg。1回20g(77.5kcal).。

【成分】ビタミン11種、ミネラル(カルシウム、マグネシウム、鉄)、食物繊維など。

【個人的な判定】 まだわからない

 

 最後に

 

‥ということで、最近買った健康関連グッズを紹介しました。

みなさまの購入時の参考になれば幸いです。以上です、ではまた!

高座山の磐座と、水晶の崖で水晶さがし(愛知県春日井市高蔵寺)

先日、高座山たかくらやまという山に登ってきました。自衛隊の駐屯地として知られる山ですが、いくつか面白いポイントがあります。1つは山頂に磐座いわくらがあること。*1  山麓に、地名の由来にもなった高蔵寺という古刹があること。2つ目は別名、水晶山。水晶がとれる山として古来有名で、今でもラメのような細かい水晶が地面にキラキラとする珍しい光景が広がっていることです。

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①高座山(愛知県春日井市

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高蔵寺の墓地の東側から登る

高座山への登山自体は容易ですが(標高は194m)、山の東側には空自の分屯基地があり、最高峰は基地内にあります。*2

また、高座山は、そのすぐ南にある東谷山とうごくさん(198m。名古屋市最高峰)とそっくりな山で、植生も雰囲気も似通っています。

名古屋市民には、この東谷山の方がフルーツパークなどの施設があることもあり、お馴染みです。

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庄内川をはさんで、向かいには東谷山がみえる

②山頂の磐座

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ふれあい遊歩道を進みます

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途中、祠が現れますが、岩座はさらにこの奥

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数百mくらい北へ上がります

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この辺り、景色のいい場所も(赤い部分は名古屋の高層ビル群)

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参道も神々しいような‥

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磐座がみえました

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たしかに、何かがすわる座のようです
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磐座近景

さて、この岩クラに降りたった神様は誰だったのかというと、天香語山命あめのかごやま、かぐやまといわれています。*3

天香語山命は、古代豪族・尾張氏の祖先神で、向かいの山・東谷山の尾張おわりべ神社にも祀られていますが、最初この場所に降り、川を渡って東谷山に移った、といわれています。

その東谷山の山頂には、尾張氏の墓とされる2つの前方後円墳や、山麓にたくさんの古墳があるのですが、その反対側の高座山には古墳はなく、伝説と磐座のみなのは、何だか不思議で面白いです(その住み分けには、意味があった?)。

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神様が白い鹿に乗り、向かいの山へ移動したのはこの道なのかな?

 

③水晶崖と水晶

 

‥ということで、参道を下り、途中の案内板まで戻ります。

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ふれあい遊歩道の案内板

分岐点から、五社大明神社の方へ少し下ると水晶崖と呼ばれる場所に出ます。

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水晶がとれる水晶崖

調べてみると、水晶の産地として、この春日井市中津川市があげられていて、意外と自分の住む場所の近くが産地である、ということが分かりました。

また、取りつくされていて、小さなカケラのような水晶しかない、という話だったのですが、光を浴びた地面がラメのように、キラキラ光っています。スゴイ!小さな小さな水晶が光って、キラキラしたじゅうたんみたいになっています!

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写真でキラキラを伝えられないのは残念

最初は、小さな水晶をがんばって探す気は無かったのですが、キラキラに興奮して、結局、真剣に探していました。

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崖の奥の母岩はチャートで、砂・泥を含む地質のよう。

ライトを持ってきて、光をあてながら探せばよかったかな‥?と思ったのですが、探すのには結局、太陽光が一番のようです(よく晴れた日中に探すのがいい)。

また、雨の日の翌日がいい、というので前日降った後にきたのですが、泥・砂が洗い流されて、小さな水晶が浮かぶようでした(大きな水晶は浮かばないから、軽く掘るものなのかな?)。

その他、泥ごと持って帰って洗いだす、という方法もあるそうで、そうすると、タッパーやビニール袋が必要で、採集を本気でやるなら、いくらか準備も必要なんだな、ということも分かりました。

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すぐ側には作業場だった跡? 廃機械もあった。

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採集したもの(手前は水晶を多く含むもの。赤◯は、表面にキラキラが浮き出ているもの)

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水晶ではないが、標本に持ち帰る。赤色のバームクーヘンのような層が綺麗。

赤色は、鉄なんでしょうね、やっぱり。少し色のついた(ピンク水晶や黄水晶みたいな)ものがとれました。

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小さな小さな水晶(米粒サイズでもきちんと六角柱をしている)

自分で採ったものがこんなに嬉しくて、こんなに思い入れを感じるとは‥、思いもよりませんでした!(小さな水晶なんか‥と思っていたけれど)

 

そのほか(堰堤、高蔵寺、五社大明神社)

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神社側に下る途中にあった砂防止めの堰堤えんてい(H26年完成?)

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山麓高蔵寺

現在の高蔵寺という地名の由来になっているお寺です。平安時代に開かれ、斯波武衛しばぶえい家の祈願所でもあったとか。

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同じく山麓の五社大明神社

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山腹にあるためいい眺め、高蔵寺の町が一望できます(アニメに出てきそう?)

最後に

 

愛知県の方でも、高蔵寺といえば、高蔵寺ニュータウンや通勤電車の高蔵寺」くらいの、地味なイメージを持たれる方も多いと思います(私も長い間そうでした)。

でも実は、太古から人が住んでいて、古代氏族・尾張氏の古墳や神社があり、最近では「志段味しだみ古墳群」として整備が進んでいます。

また、高座山では水晶が採れたり、前を流れる庄内川しょうないがわ。昔は玉野川と呼ばれた。)では、めのうや珪化木が取れたりと、地質的にも面白い場所だな、と思っています。

落ちてる水晶を拾える場所ってなかなか無いと思うので、今回貴重な体験をさせてもらったことに心から感謝しつつ‥、以上、『高座山の磐座と、水晶の崖で水晶さがし』でした!ではまた!

*1:信仰の対象になる岩。

*2:残念ですが、ふだんは入れない(?)。例年5月のハイキング時などに開放されているようです。

*3:記紀に見える「高倉下命たかくらじのみこと」と同一人物ともいう。

ダイソンのそうじ機(デジタルスリムフラフィ)が可愛くて超便利。そうじが楽しくなるインテリア家電だった!

先日、ダイソンの掃除機を買いました。買って分かったのは、部屋に置いておけるインテリア家電であること(可愛い。カラーにパンチがある)。しかも、軽くて、簡単便利だということに気がつきました。おかげでズボラだった私が毎日、掃除機をかけるようになりました。

(そうじ機は全部同じに見えるが)ダイソンは「銃」ぽい、という意見

 

今まで使っていた掃除機が壊れたため、家電屋に行ったわけですが、見てみて分かったことは、ステッククリーナーは売れ筋商品で品数も結構ある、ということでした(2万位あれば何かは買える)。

そして、比較ができず悩んでいたところ、旦那さんの「ダイソンのそうじ機って銃みたいだ!」という鶴の一声で、ダイソンを買うことになりました。

銃っていったい?ですが、下の写真のようにトリガー式になっています。

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トリガー部分

トリガー式なのは、「バッテリーを効率的に使うため」というのがダイソンの説明です。ずっと押してるのは女性にはちょっこっと力が要る気もしますが、このトリガーの反応度は大変いいです。そして、撃ち終わった後(?)には、「パヒュンッ」と反動のような音がします(これも銃ぽい?)。

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ダイソンのパンフより(部屋中を撃って回る?)

 

「吸引力」ときれいな排気は本当?

 

ダイソンといえば、CMの「吸引力」のイメージがあります(変わらない吸引力」というキャッチコピー。8つのサイクロンの遠心力でホコリを空気から分離、といった説明)。それに加えて、きれいな排気が売りなのだとか。

確かに普通によく吸うし、そうじ機の嫌な排気臭もありません(買ったばかりのせいもあるかな?)。この2点がどれくらい素晴らしいのか、ちょっと分からないのですが、今のところ全く問題なしです。

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液晶ディスプレイ(モードはエコ・中・強の3つ)

 

メリット① コードレスで便利。軽い!(2kgない)

 

そもそも今までが、昔ながらのコードそうじ機だったので比較にならない位、ラクになりました。隣の部屋からそうじ機を出してきて、コードをコンセントにつないで、ホースがあるので、長くて重たくて‥が今まででした。

ところが、コードなし、片手でラクラク。終わったらまたスタンドにかけて充電するだけ、というラクチンさ(コードレスってこんなに楽なんですね)。

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専用スタンドで充電中

こうして、立てかけてみると何だかランタンみたいです。傘のフリルもそれっぽい。

奇抜な紫+赤カラーは、最初は「何という色!」と思ったのですが、紫は主張があるようで実は落ち着きがあり、意外と部屋に合います(あっちぽい、イギリスぽい色合い?)。ブラシのツートンが床屋のクルクル看板みたいです。

そのうえ軽い。本体が1.5kg。ステックをつけると1.9kgで、片手でスイスイとかけられます。

 

メリット② 使いやすい!(お手入れ、アタッチメント)

 

フラフィ(Fluffy)の場合、値段差になっているのがツール数(アタッチメントほか)です。(フラフィプラスになると最大9つのツールがつきます)。

私が買ったのは白い充電スタンド付きのフラフィで、値段は6.8万円でした。

スタンドを省けば、約1万安くなります。壁に取り付ける金具(ビス付き)はつくので、そのスタイルがいい人もいるでしょう。

また、ダイソンのそうじ機はバージョンアップしてきているので、型落ちを買うのも全然ありだと思います(違いは、重さや駆動時間、ツール数など)。

充電したフラフィは、最長40分の使用可能です(使用モードにもよる)。

 

もう1つの大きな長所は、ゴミの捨てやすさ、アタッチメントの装着のしやすさなどの機能性です。

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ダイソンのパンフより

左上の写真のように1アクションで、ゴミが下に落下します超便利です!

まだ洗ったことは無いのですが、部品の丸洗いができるというのもすごく嬉しいです(クリーナーのヘッドの部分も洗える)。部品をばらしやすそうなのは、何となく製品から察せられます。

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取り外し部分

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アタッチメント(つけ外しもスムーズ)

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ふとんクリーナーヘッドのアタッチメントにつけかえてみた

 

メリット③ 可愛い!

 

押し入れの邪魔者ではなく、部屋においておけるインテリアの要素があることがダイソンの大きな魅力であると感じました。インテリア家電と呼ばれるものはありますが、そうじ機がインテリア家電になるとは思わなかった‥。そうじ機のビジュアルがいいとそうじが楽しくなる、というのは私の中で発見でした。

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可愛いので手に取りやすい。掃除も楽しく。

 

デメリット

 

唯一の欠点(?)は、少し高価であること(高価な割にはおもちゃぽい)。これ以外に欠点らしい欠点は見当たりません。ちなみに音はそこそこはします(静音とはいえない)。

 

最後に

 

たまたま買ったダイソンの掃除機ですが、予想以上に良くて、掃除機かけるの面倒臭い、使わない掃除機=邪魔、のイメージを変えるほどだったので取り上げました。

ダイソンのそうじ機を聞いたことはあっても、いったいどう違うのか?実際のダイソンクリーナーのイメージがなかった私のような方。また、そうじ機の買い替えがある方の考慮の一助になれば、幸いです。

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箱も面白い(欧米ぽい?)

‥ということで、『ダイソンのそうじ機(デジタルスリムフラフィ)が可愛くて超便利。そうじが楽しくなるインテリア家電だった!』でした。以上です、ではまた!

『古代メソポタミア飯 ギルガメシュ叙事詩と最古のレシピ』を読んでみる。感想と気になるレシピ

先日、『古代メソポタミア』という面白い本を見つけました。古代メシレシピを紹介する本で、料理の写真もとても美味しそうでした。古代エジプトなどに比べるとイメージの薄い(?)「古代メソポタミア」ですが、何食べていたのかとても気になります。本の内容と気になったレシピなどを紹介していきたいと思います。

本の構成

 

本は3章に分れ、第①章は『ギルガメシュ叙事詩』の物語の内容。*1 第②章が古代メソポタミアの地理、第③章がレシピ集となっています(①も②もたいへん面白いです)。

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遠藤雅司『古代メソポタミアギルガメシュ叙事詩と最古のレシピ』大和書房2020

「古代メシ」レシピについて

 

紹介されるレシピは28種類パン④、野菜添え物②、だし①、煮込み料理⑤、魚料理②、肉料理⑥、お菓子④、飲み物④)。レシピの出典は、イェール大学所蔵の粘土板(古バビロニア時代)などからです。

 レシピのページには楔形文字の原文も添えられ、どのように書かれていたかがわかります。しかし、現代のクックパッドのように書かれているわけではなく、意味不明な言い回しもちらほら(カタコト?)。ここから、実際使えるレシピに仕上げるのはなかなか大変だったと思います。

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ギルガメシュ叙事詩」と楔形文字 パブリック・ドメイン, Link

「古代メソポタミア」の食材(食料が豊富だからこそ古代文明が起こった)

 

これは想像以上に豊かで驚きました。

古代メソポタミアの野菜はタマネギ・にんにく・(ポロ)ネギが3大定番で、豆料理ヒヨコ豆・レンズ豆も多かったそうです。その他の野菜は、コリアンダー・クレソン・エシャロット・ビーツ・カブ・ルッコラ・レタスなど。

肉は、牛*2ガチョウ、鶏、鴨など。また、魚の種類はたいへんに豊富で、淡水魚・海水魚の両方が獲れ、2500種以上(!)の魚の名称が見られるそうです。

それ以外の食材として卵、ゴマ、ピスタチオなど。

また、果物はサクランボ・プラム・アプリコットざくろ・ぶどう・レーズン・いちじく・デーツなどと豊富でした。

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ナツメヤシの実(干すと甘いデーツになる) Anuraj RVによるPixabayからの画像 

(羊、ヤギ、牛)も飲まれましたが、冷蔵庫の無い時代、消費期限はかなり早く、それもあって一般の人の口には入らなかったようです(そのため、チーズやバター、サワークリームなどの加工品を製造していたのだとか。)

 

こうした豊かな食材を調理する調味料として、塩・酢・魚醤・ビールなどがありました。(砂糖だけはまだ無かったそうで、それでもハチミツや果物でお菓子も作っていました)

そして、少ない調味料を補うのはハーブでした。コリアンダー、クミン、マスタードシード、ミント、フェンネルシードなどが再現レシピに見られます(昔の人は、美味しい草や香味草についてすごい目利きだったことでしょう)。

‥ということで、これだけの食材があればもう何でも作れそう!無いのは複雑な調味料くらいでしょうか?

以前読んだ『ファラオのレシピ』でも、古代エジプトが食料の宝庫であることにたいへん驚いたのですが(川の氾濫の時期は魚を捕る必要もない。うち上げられてピチピチしているなど)、今回も「古代メソポタミア」の食の豊かさには本当に驚きました。

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「ファラオのレシピ」大英博物館ミュージアム図書2000

食料が豊かだからこそ人が増え、古代文明が起こった、という成り立ちを(当たり前なのかもしれませんが)この本を読んで改めて感じました。

 

レシピ① 今のパン屋でも売ってそう!美味しいそうな『パン』

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長ネギミルフィーユパン「セベトゥ」

引用:『古代メソポタミアギルガメシュ叙事詩と最古のレシピ』72p

さて、実際に紹介されているレシピを数品取り上げます。

長ネギミルフィーユパン「セベトゥ」は、今のパン作りと同じような要領で大麦粉・小麦粉や牛乳、オリーブオイルの他、すりおろした長ネギをいれて焼いたパン。巻いた形がとても可愛いのですが、「形のよいパン」としか手がかりがないのだそうです。

また、セベトゥは無発酵パンですが、発酵したパンや肉パイのレシピなども紹介されています。

レシピ② 圧巻の『肉料理』

 

煮込んだ肉や牛肉のオーブン焼きも実に美味しそうだったのですが、

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羊の香草焼き「ヒルツム」

引用:『古代メソポタミアギルガメシュ叙事詩と最古のレシピ』128p

古代メソポタミアぽい(?)「羊の香草焼き」を取り上げました。当時は、神様と王様くらいしか食べれないご馳走でも、今では簡単に家で作れるのも嬉しいです。

クシ切りにした玉ねぎ・羊肉をオーブンの天板に並べ、みじんにしたルッコラコリアンダー・長ネギを加えて焼けば完成です。塩だけでもう十分いけますね!

 

レシピ③ 今すぐ食べたい!『ドライフルーツ入りケーキ』

 

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神様へのお供えフルーツケーキ「ギルラム」

引用:『古代メソポタミアギルガメシュ叙事詩と最古のレシピ』160p

こちらも神様用の高級スイーツ。今売られてても上等なお菓子の類いです。小麦粉、バター、牛乳、塩、ハチミツに、デーツ・干しリンゴ・ザクロの豊富な果実が入っていて、間違いなく美味しいケーキだったことでしょう。

 

 ビールとパンは常食?

 

さて、『ギルガメシュ』にはビールとパンの記述が多く、確かにこの2つがあれば食事になるな、と個人的にも思います。ちなみに主食は大麦から作ったパンであったとか。

また、古代メソポタミア人はビールが好きだったようで、多種多彩なビール醸造の記述は読んでててうらやましくなりました。*3  

ビールのほかワインも飲まれましたが、こちらは輸入品であったようです。

 

本の中でビールやワインの「古代メソポタミア風」飲み方が紹介されていました。これはすぐにでも実践できます。お酒にデーツやハーブコリアンダーヨモギほか)を入れてしばらくおいてから飲む、という簡単なもので不味いビールやワインがあれば試してみてもいかもしれません!

 

最後に

 

本の著者は遠藤雅司まさしさん。「歴史料理」の再現に取り組んでいる歴史料理研究家の方で、他にも「歴メシ」本を何冊か書いてみえます。

歴メシ!  世界の歴史料理をおいしく食べる

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  • 作者:遠藤雅司
  • 発売日: 2017/07/24
  • メディア: 単行本
 
英雄たちの食卓

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  • 作者:遠藤 雅司
  • 発売日: 2018/03/15
  • メディア: 単行本
 

今回、取り上げさせて頂いたレシピ以外を見てみたい方は是非、実際の本で確認してみて下さい。総じて美味しそう!今でも似た料理食べてるなとか、きっと色々と感じることがあると思います。

‥ということで、『古代メソポタミアギルガメシュ叙事詩と最古のレシピを読んでみる』でした!以上です、ではまた!

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メソポタミアの町 Tuna ÖlgerによるPixabayからの画像

*1:古代の伝説的な王様ギルガメシュの冒険譚。

*2:お供えの羊は草肥羊、穀肥羊、雌羊、子羊と書き分けられていました。味もきっと違うのでしょう。

*3:大麦から作るもの、フルーツやハチミツをいれるもの。甘いビールとか黒、赤、茶とか、洗練・上質とかビールの語彙も豊富。

断崖の上に造られた窟屋『奥の院』に感動する(『内々神社』『内津妙見寺』)【愛知県春日井市内津峠】

「内々うつつ神社」という愛知県春日井市にある神社に行ってきました。この神社はヤマトタケル伝説神社庭園で有名なのですが、もっとも印象的なのが崖に作られた『奥の院です。まるで三佛寺投入堂鳥取)を彷彿とさせる「奥の院」と巨石『天狗岩』、星の神『内津妙見寺』について書いていきたいます。

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三佛寺さんぶつじ投入堂なげいれどう Saigen Jiro - 投稿者自身による作品, CC0, Link

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庶民の道「下街道」と難所・内津峠

 

この「内々神社」はそもそも、昔の下街道*1沿いにあり、尾張と美濃の国境で難所だった内津峠うつつとうげをのぞむ場所にあります。

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内津うつつの交差点

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次第に深緑の木々が迫ってくる「内々神社」前

峠道はロードバイカーに人気の場所となっていました(車はこの北の19号を走るため、交通量が少なくひっそりしているのも嬉しいところ)。

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「内々神社」の鳥居

①「奥の院」(=巌屋いわや神社)

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境内の説明図

さて、この「内々神社」の地図、かなりファンシーだ!と思っていました。庭園からちょろっと行ったところに奥の院がある(?)というので、庭園から道を探しますがよく分りません。庭園裏はゴロゴロした岩場で、イノシシ除けの電気柵が巡らしてあり、道があるのかないのか?という感じでした。

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社務所で頂いた地図もファンシー!

いったん社務所に戻り、「奥の院」のことを尋ねると地図を頂けました。西側の川沿いの舗装路を行くのが初心者には分かりやすいそうで、神社からは数百mの距離とのことでした。

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入り口(看板も出ていてわかりやすい)

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綺麗に整備されています

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山道をトコトコ

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出ました、奥の院!(すごいとこにある)

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足場の悪い場所に建てられた頑丈な鉄階段

昔はこの鉄階段はなく、鎖やハシゴだったといいます。(高所恐怖症で怖いものの)立派な階段を使って上がり降りできることに感謝しなくては‥。

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巌屋の中 

こんな崖の穴に社があるとは‥、にわかには信じられません。昔の人はよくこんなところを見つけたなと思うし、この場所をずっとお祀りしてきたというのにも驚きです。

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巌屋神社内部の岩(固くて頑丈な石。チャートか?)

さて、内々神社のご祭神は健稲種命たけいなだねのみこと*2といい、最初に祀られたのがこの場所であったといいます。

ここが最初の地かと思うと感慨もひとしお。訪ねてきた甲斐があるというものです)。

この健稲種命は古代の尾張国造で、ヤマトタケルの義理のお兄さんにあたります。妹はヤマトタケルの妃になった宮簀媛みやづひめです。

ヤマトタケルは、ここ内津で、義理の兄が駿河の海で水死した、という早馬の知らせを聞き、「うつつかな、うつつかな(現哉現哉」と泣き悲しんだ、という伝説が残されています。*3 

その水死した健稲種命を祀ったのが、この「内々神社」の始まりといいます。

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奥の院ー巌屋神社からの眺望

②巨岩「天狗岩」

 

もう1つ見過ごせない岩があります。それは、庭園の背景にもなっている「天狗岩てんぐいわ」という巨大な岩です。

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神社裏手にある庭園(伝・夢窓疎石作の庭)

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こじんまりとした庭園(本殿が背後にあるため、引いて全景を撮ることができない)

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木々に隠され「天狗岩」も写真ではよく分からない

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「天狗岩」近景

全くサイズ感が伝わらない写真ばかりで申し訳ないのですが、高さ数m(?)の切り立った岩盤でここにも岩穴が開いています。「天狗岩」も「奥の院」と同様に神聖な場所ではなかったかな?と思うのですが、素朴なお庭の中に自然とたたずんでいます。


また、この「天狗岩」はお庭の影向石ようごういし*4である、という説明もみました。影向石が庭園の一部になっているようなものを私はよく知らないのですが、京都の西芳寺苔寺)などにはあるようで、なにしろこんな大きな影向石自体、珍しいものだと思います。

 

③武運の星神『内津妙見宮』

 

さて、ここを訪れた最大の理由は、中世、妙見菩薩を祀る「妙見宮」として名高く「3大妙見の1つ」であった、という説明を見たからです。*5

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現在の「妙見寺」

江戸時代、内津神社の主役でもあった妙見様ですが、明治の神仏分離により、現在は神社とお寺という形で隣り合って建っています。ひっそりと佇むお堂からは、往時の様子はあまり分かりません。

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内津「妙見寺」(七曜紋からも北斗七星を祀ることが分かる)

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隣りあう寺(左)と神社の鳥居(右)

当初、神社にお祀りしていたのは水死した尾張氏の祖・健稲種命たけいなだねのみことでした。中世に妙見菩薩をお祀りするようになり神仏習合をして「内津妙見宮」をなのるようになります。

 

④神社庭園と立川流

 

さて、内々神社庭園の作庭者は、夢窓疎石むそうそせき 1275-1351)と伝えられますが、江戸時代の作庭(本殿建築時の1804年-18年)ではないか?という考察もいくつかみられます。

夢窓疎石のお庭といえば、京都・天龍寺西芳寺などが有名で作風が違う気がしたのですが、今回調べてみると「内々神社」とソックリなお庭も見られました。

 作庭だけでなく、神社本殿の造作も見どころの1つとなっています。

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彫刻の細かい海老虹梁えびこうりょう部分(精緻でスマートな作風)

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獅子の目に青銅が嵌められています(昔は反射して光ってた?)

社殿の完成は文化年間(1804-18)で、分業体制をしいた立川*6によるものです。上手ですね!

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「内々神社」拝殿

 

③「内々神社」のお守り

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お守り

「内々神社」の境内には、サルスベリに松が共生した木があり、「すべらずの松」と呼ばれてそのお守りは受験生などから人気となっていました。また、「妙見寺」のお守りは北斗七星と月という、いかにも星神・妙見様らしいデザインが嬉しいものです。

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「すべらずの松」

 

最後に

 

「内津」という場所は平地が少ない、狭隘な場所です。それはここが山中の峠道だったから、当然なわけですが、神社は狭い場所に建てられ、せっかくの庭も見通しが悪く、押しこめたような印象です。

庭の正面にあれば、しっくりくる「天狗岩」も庭の右側、視線の外へずれていたり‥。崖地に建つ「奥の院」といい、狭すぎることが奇妙な感じを受ける理由の1つなのかな、と考えています。

また、「神社庭園」自体珍しいものですが、その成り立ちは少し複雑です。

①古代の巨岩・岩屋信仰があった場所に、中世、妙見信仰が入り、庭園が造られた

→②天狗岩を背景とした池や島のある庭園で、神仏が来臨する場でもあった?

→③明治になり、妙見寺が隣地へ移り、庭園は神社の庭園となった。

という感じでしょうか?

参考にさせて頂いた内津神社の報告・考察からは、いくつかの謎を秘めた庭園であることが分かり、一言には言い切れません。

このミステリアスな場所は、修験場でもあったそうで、まだまだ内津の山には発見があるのだろうと思いながら‥、以上、『断崖の上に造られた窟屋「奥の院」に感動する』でした!ではまた!

 

【参考にさせて頂いたサイト】

◯佐田春男『愛知県春日井市「内々神社」と「内々神社庭園」、さらに隣接する「内々妙見寺」における「神仏習合」についての考察

◯高橋敏明氏「妙見菩薩の庭 ~内津の庭園4つの謎~」『郷土誌かすがい』第77号(2018年)

◯岡田憲久「内津神社庭園現況調査に関する報告

◯ 吉川宗明内々神社の岩石信仰~奥之院岩窟・天狗岩・庭園~(愛知県春日井市)

*1:したかいどう。名古屋城下から中山道大井宿を結んだ。物資輸送と庶民の道。

*2:ほかに、倭建命、宮簀媛。

*3:『熱田縁起』

*4:神が来臨したり、そこから神様を礼拝する場所。

*5:妙見菩薩は、北斗七星の神。軍神として、武人などに信仰された。「内津妙見寺」の開基は、室町時代初期といい、3大妙見のあと2つは、「秩父神社」「八代妙見宮」という。能勢妙見は入らない?

*6:たてかわりゅう 諏訪にあった宮大工集団。

【新交通 桃花台線】の撤去を見に行く。わずか15年で終わった『ピーチライナー』と美しいループ線は今?【愛知県小牧市】

新交通 桃花台とうかだい』とは小牧駅(愛知県)から桃花台ニュータウンを結んだ路線でしたが、赤字を理由に2006年廃線となりました。1991年の営業開始からわずか15年で運行を終えたとても短命な路線でした。そして、あの巨大で立派な高架線は今いったいどうなっているのか?撤去も現在始まっているということで、散歩がてら見に行ってきました。

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Svetlov Artem - 投稿者自身による作品, CC 表示 4.0, link

左側始点が「小牧駅」。右側終点が、終着駅(桃花台西駅)。

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【小牧原駅】終業から15年。まだきれいです。

始発駅は「小牧駅」ですが、この日は次の「小牧原こまきはら」から見ていきます。

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【小牧原駅】(奥は並走する名鉄線)

ググッと持ち上がり、右の名鉄線の上を越えて行きます(かっこいい)。路線は7.4km、駅は7駅ありました(ここから6kmほどを歩いてみます)。

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【左側】ピーチライナー

ピーチライナー』とは、公募から選ばれた愛称でした。終着が桃花台ニュータウンだったので車両も「」をイメージした、ピンクと緑ラインの可愛い塗装でした。f:id:butuyokuko:20210218153802j:plain

名鉄線をまたいでからはまっすぐ東に向かいます

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桃花台線」廃止後はピーチバスが住民の足となっています

ピーチバスは15分に1本はあり、とても便利な感じです。しかし、桃花台に新居を買った人はさぞかし驚いたのではないかと思うのです。愛知県・小牧市などが計画・出資したこの立派な路線。「電車があるのは何かと安心」と思っていたら、まさかの廃線となるわけですから‥。

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③つ目の駅【東田中駅】 一瞬、まだ乗れそうな気もしてしまう

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入り口が封鎖されているので、やはり乗れないのだと理解する

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もう永遠に電車が来ることはない

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振り返ると、桃花台に向かって上がってきたのが分かります

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ここから北に曲がり、いよいよニュータウンの中へ

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巨大建造物を追っかけていく

解体は実は2015年から始まっているそうで、その割には進んでいません。当初、愛知県は莫大な費用がかかることから、解体をしない予定でした。しかし2015年、解体することに方針を転じ、15年計画・総工費100億円で進めているのだそうです(ちなみに建設費用は300億円越えでした)。

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⑤つ目の駅【桃花台西駅】

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駅前(現在は閉めている店が多い。開業時は賑わったのかな?)

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桃花台ニュータウン 内

桃花台ニュータウン」は、愛知県では高蔵寺こうぞうじニュータウン*1に次ぐ造成地でした。当初の計画人口は5.4万人でしたが予定通りの人口とはならず、現在は約2.2万人の人が住んでいます(2019年時)。

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軌道が覗けるところもある(レールは撤去されている)

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かっては池を周って通勤客を運んでいた

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桃花台」の町の中心部(現在も賑わっている)

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⑥つ目の駅【桃花台センター駅】

この桃花台センター駅は、中心地となるよう商業施設などが整備された駅でした。

(この辺りの「ピーチライナー」は地下に潜っています)。

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センター駅の向かいは商業ビル(現在はドンキなどが入る)

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開業当時が偲ばれる立派な造り

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終着駅へ向かう(寸断・撤去された高架線が現れだす)

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ところどころ撤去・寸断

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終着駅【桃花台東駅】のループ

高台に建つループ線がかっこいいです。まだ残っていました!「ピーチライナー」は右側にしかドアがないという変わった車両で、このループ線を使って折り返し運転をしていました。

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綺麗な円を描いています

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桃花台東駅】は現在撤去工事中(ホーム上の覆い部分がもうありません)

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工事の看板(桃花台東駅には近づけず)

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駅前はバスターミナルのように

最後に

 

桃花台線廃線からすでに15年。撤去しないのか?撤去したのか?とても疑問でした。そもそも、「桃花台に住む人用の路線だったので愛知県民でもよく知らないし、乗ったことが無い人も多かったのではないか?と思います。

‥という私も過去に1度乗っただけ。高架のため見晴らしが良く、乗客も全然いなかったので気楽に乗っていた覚えがあります(その乗降客の無さが万年赤字だったわけですが、まさかその時は廃線になるとは思いもしませんでした)。

改めて歩いてみて、とても立派な路線だったんだな、という感慨を強くしました。

(軌道を上から確認できるところは「桃花台センター駅」近辺で、終着駅「桃花台東駅」などから撤去が始まっています。始発駅の「小牧駅」側も撤去作業が始まっているということで、見れるうちに見に行こうと思っています)

‥ということで、「【新交通 桃花台線】の撤去を見に行く。わずか15年で終わった『ピーチライナー』と美しいループ線は今?」でした。以上です、ではまた!

*1:1968年入居開始。計画人口8.1万人。現在人口4.2万人(2018年)。

小説に出てくる『座敷牢』とは?【後編】 (呉秀三・堅田五郎『精神病者私宅監置ノ實況及び其統計的觀察』より)

小説などに出てくる『座敷牢』の実際が知りたくて、明治大正時代の記録『精神病者私宅監置ノ實況及び其統計的觀察』を読んでみた【後編】になります。読んで驚いた例、思ったことなどを書いて行きたいと思います。

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【驚く例①】 一家に2人も「被監置者」がいる例

 

あげられた例のうち、一家に複数の「被監置者」がいる例がありました。父と息子(15例と16例。51例と52例)、兄と妹(36例と37例)という組み合わせで、それぞれが牢に入れられているというものでした。

1人だけでも大変なのに家族2人とも座敷牢とあっては、その家族はもう回復できないのではないか、という絶望的な気持ちになった実例でした。

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隣り合う2つの監置室

【驚く例②】 殺人者も私宅監置?

 

「被監置者」が通行人を殺害(26例)。妻と実母を惨殺(29例)という例も見られました。いくら病人とはいえ、殺人まで犯してしまった人物を自宅で看るのはさすがに恐怖を感じるのですが、当時は精神病者が犯罪を犯しても心神喪失のせいとされ、罰則は無かったそうです。その為、そのまま「私宅監置」が続けられたわけですが、今の感覚からするとかなり異様な感じがします。*1

 

①「キツネ払い」の祈祷や民間療法  「墓場の死体の骨ぐすり」

 

精神病になった場合、ワラにもすがる思いで家族は神社仏閣を頼りました。呼ばれた御嶽山おんたけさん成田山などの行者・巫女などから狐憑とされ、祈祷を受けることもありました(昭和・平成になっても狐の所為として、殴打・暴行し、患者を死なすという事件があったことなどが思い起されます)。

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k_notgeilによるPixabayからの画像 

また精神病に霊験があるとされた神社仏閣への参籠・合宿も行われました。患者自身が念仏や滝行を行い、講話を聴いたり掃除をしたり、といったメニューでしたがやはり治らない人も多かったことでしょう。

ほかに精神病・脳病の民間薬なども出回っていました。猿の頭蓋骨、キツネの舌の黒焼き、鹿の胎児の黒焼き、鳶の黒焼き、センザンコウの粉末、牛黄ごおうホオズキや蕗ふきの根などといったもので、猿の頭でもセンザンコウでもだいたい黒焼きにし、粉末にして服用させています。

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センザンコウ  U.S. Fish and Wildlife Service Headquarters - Manis pentadactyla, CC 表示 2.0, Link

また本の中には、へその尾墓場の死体の骨を盗んできて煎じて飲ませた、という例も出てきます。

中国の「同物同治どうぶつどうち」という考え方も頭をよぎります。同物同治は肝臓が悪ければ(動物などの)肝臓を食べるとよい、などとするものですが、猿の頭蓋骨を脳病の薬とするのはそうしたせいでしょうか。*2

どれもとても効く気はしませんが、可能性を求めて何でも試させたことが窺えます。

 

認知症も精神病?

 

閉じ込められた人々がどんな問題行動をしていたのかというと、徘徊、会話不能・独語・奇声、暴力、不潔行為*3などの記述を多く目にしました。

あれ?これって認知症で?認知症は精神病というより、(脳の)神経疾患のイメージだったのでどこからどこまでが精神病の領域なのかが分からなくなり、戸惑ってしまいした。*4 こうした病気の線引きは時代によって変動し、当時は癲癇てんかんも精神病とみなされていたそうです*5

 

③患者も家族も悲惨

 

劣悪な環境に閉じ込められた患者も悲惨ですが、その家族も悲惨です。ただ治りさえすればと様々な手を尽くし、治らず何年何十年と続けば、「被監置者の死を望むものの如くなる」「死の速やかなるを冀こいねがふものの如し」という冷淡な気持ちに傾いていっても仕方ないような気がします。現代でも「介護疲れ」に苦しむ家族の話を耳にすることがあります。

 

最後に(結局、座敷牢でどうなったのか?)

 

予後を追ったレポートはないので、「被監置者」がいったい何年生きたのか?改善したのか分かりませんが、おそらく死期は早まったのだろうと思います。

 

外気にさらされ、地面は底冷えし、ジメジメとして換気も悪く、光もささない。掃除・洗濯もされなければ虫も湧き、皮膚病や感染症になったかもしれません。粗末な食事では生命をつなぐのもギリギリだったかも。

真っ暗な悪臭のする部屋でなすこともなく、家族にも冷淡に扱われれば、ますます病状も進行していったことでしょう。その後、外に出れたとても監禁で足が硬直し、立てなくなったり歩けなくなる後遺症が残ったかもしれません。

 

結局、著者の呉くれが強く主張した「私宅監置の廃止は1950年まで実現しませんでした。またもう1つの主張であった官公立病院の設置ですが、このレポートの提出もあり、「精神病院法」(大正8年)が成立することになります。この中で道府県に公立精神科病院の設置が命じられたのですが、財政難などから設置は進みませんでした。

それでも世の中へ一石を投じた意味は大きかったと思います。

 

惨憺たる内容のレポートなのですが、過去に決して逆戻りさせてはいけないと思ったことと、知ることはとても重要、と教えてくれる1冊でした。

‥ということで「小説に出てくる『座敷牢』とは?【後編】」でした!以上です、ではまた!

*1:現代は心神耗弱であっても厳罰化を望む風潮で、凶悪犯には重い判例も出る。

*2:同じ病気で亡くなった人の遺体を食べると病気が治る、という迷信があったと書かれた記事も。人の死体を掘り返して食べる「疱瘡婆」疾病の恐怖、時代を越えて毎日新聞

*3:糞便をところかまわず塗りたくったりする。

*4:今の認知症を調べると精神疾患とも神経疾患とも書かれ、精神科・神経内科・脳外科それぞれに認知症を専門とする医師がいるという。

*5:現在では神経疾患に分類

小説に出てくる『座敷牢』とは?【前編】 明治大正の写真を掲載した『精神病者私宅監置ノ實況及び其統計的觀察』を読む

昔の小説を読んでいて、座敷牢や土蔵の牢に監禁されるなどの設定を目にしたことはないでしょうか?座敷牢や土蔵の牢のインパクトは大きいのですが、実際に目にしたことはないのでどこまでも想像のものでした。今回、明治大正のいわゆる『座敷牢』を実地調査した本を読んだので、その内容と感想について書いてみたいと思います。

はじめに(物語に出てくる座敷牢など)

 

座敷牢」と聞いて最初に浮かぶのは、島崎藤村の小説『夜明け前』の主人公 青山半蔵はんぞうです。モデルとなった島崎藤村の実父は精神を病み、実際に座敷牢に閉じ込められて亡くなっています。

また勝海舟の父 勝小吉こきちが、不行跡から座敷牢に押し込められた逸話も浮かびます。*1

他にも、明治に起こった「相馬事件」は精神を病んだ旧相馬藩主が座敷牢に閉じ込められ、これを不当とする旧家臣が訴えて法廷闘争となり、全国的に有名となった事件でした。

また座敷牢ではありませんが、瘋癲院ふうてんいん・癲狂院と呼ばれた昔の精神病院が舞台になった夢野久作の小説『ドグラ・マグラ』も強いインパクトがありました。

 

こうした昔の小説や話に散見される「座敷牢」ですが、現在では見ることはありません。昭和25年、精神衛生法の施行で「私宅監置かんち」(いわゆる座敷牢など)が廃止されたからです。(沖縄には当時の監置小屋が残るそうで、現在目にすることができる貴重な建物となっています。)*2

 

呉秀三堅田五郎『精神病者私宅監置ノ實況及び其統計的觀察』(大正7年=1918)

 

この本は、東京帝国大学の精神病学の教授であった呉秀三くれしゅうぞう明治43年から大正5年にかけて、助手などを各地に派遣して「私宅監置の状況」を視察した記録です。*3

観察内容は、患者の様子・病歴。誰が世話しているか?家の資産の様子について(裕福か裕福でないか)。

建物に関すること(立地・サイズ。採光・通風。トイレ・洗面所の設備はあるか?)

患者の生活に関すること(衣服、食事・入浴・運動、娯楽。医療・投薬はあるか?警察の巡回の数など)など、項目ごとに記述されています。

視察した悲惨な様子から、 呉はこの本の中で「私宅監置」を廃止し、官公立病院の設置を強く訴えます。その結果は後述することにし、本の内容をもう少し見ていきたいと思います。

原著は漢字カタカナ交じり文で読みづらく、146pを読むのに3日かかりました。また、国立国会図書館データベースでも読むことができます。

上の現代語訳を読む方がおすすめかもしれません(概説もあるでしょうし)。

 

「私宅監置」とは?

 

精神を病んで暴れる家族を自宅の部屋や檻に閉じ込めるということは昔からあったのでしょう(これ以外に方法がないと思われ、また、江戸時代の「生類憐みの令」で捨て犬と同じく捨て病人を禁じているところを見ると、病人を捨てる・放逐するということもされていただろうと想像できます)。

明治以降の「私宅監置」は、精神病者の身内などが行政庁に届け出、自宅に「監置室」を作り、そこで面倒をみるという制度でした。

監置する場合には医師の診断が必要で、監置室の規定(広さなど)もあり、警察官の巡回があったりで、江戸時代より公的管理の下に置かれました。ただ、危険人物を外に出さないようにしようというもので治療をしようという趣旨のものではありませんでした。

病院はどうだったのか?というと病床数が少なく、入院費・治療費も貧しい家庭には負担で、私宅監置は多かったようです。

 

実際の様子(写真など)

 

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精神病者私宅監置ノ實況及び其統計的觀察』(創造出版)52pより

白黒で不鮮明ですが、まるで動物の檻のようです。

母屋内に設置された場合は、家族の目にもつき、まだ手をかけてもらえたことでしょう(これがいわゆる「座敷牢」です)。

敷地内に別棟として作られた場合にはまた様子が変わります。蔵や物置を改造したり、掘っ建て小屋を建てたりしたものです。外気は厳しく、地面近くの床板はジメジメして、窓も無くて真っ暗闇という監置室が普通に出てきます。また、高さが150-120cmという「立てないじゃないか!」という悪意しか感じないひどい例もあります。

天井がないと書かれた例もあり、理解に苦しむのですが、建物の隣に建てられているので、その庇が天井代わりということなのでしょうか?)

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精神病者私宅監置ノ實況及び其統計的觀察』60pより

暗闇の中、アカに汚れたボロボロの服をまとい(あるいは全裸で)、部屋に生活用品は何もなく*4、糞便で汚れたまま掃除はなされず、檻に入ったきり1度の入浴もない、などとという記述は珍しいものでなく、悪臭と悲惨さで「あたかも動物小屋を観るがごとし」という感想も散見されます。

また食事に関しては、家族と同じものを食べるというものもあれば、食事を忘れられていたり、腐ったまま放置されているという例もありました。

排泄については、床下に穴を設けてそこから排泄する式が多く見られました。床下に甕・樽・箱を置き、ある程度溜まったら捨てたようですが、床穴下がぼっとん便所とあっては臭いは相当きつかったはずです。排泄場所を設けず、檻から外へ放尿とか、排泄物が堆積したままとか、人として遇されていない悲惨な例がたくさん出てきます。

 

‥ということで長くなりましたので、一度切って【後編】に続きます。

butuyokuko.hatenablog.com

【参考】『こんな木造小屋に20年も‥失恋を機に”閉じ込められた”女性 浮かび上がる社会の過ち沖縄タイムス2020年1月23日    上記など「沖縄タイムス」のサイトで「私宅監置」の記事を読むことができます。

*1:本人の回想録『夢酔独言』に詳しい。小吉の場合、精神病ではなく、生活態度が悪く監禁された。

*2:1972年まで沖縄では私宅監置が行われた。「小屋が物語る闇の歴史 沖縄に残る私宅監置跡沖縄タイムス2018年3月17日

*3:調査した監置室数364ケ所。そのうち105ケ所が記載されている。

*4:患者が衣服・寝具をぼろぼろにしてしまうという理由もある。