物欲子(ぶつよくこ)のブログ

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星が降る土地『星崎』【落ちた隕石を御神体にする『喚續よびつぎ神社』】【隕石の伝説】など(名古屋市南区星崎)

星が降ったことからその名がついたと云われるのが名古屋市南区にある「星崎ほしざきです。複数回の隕石の伝承があり、江戸時代に降った『星の石』呼続よびつぎ神社」のご神体となっています。隕石こそ見れませんが、ロマンを感じる「星崎」と神社やお土産などを紹介したいと思います。

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Yakup IpekによるPixabayからの画像 

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①『喚續よびつぎ神社』

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「喚續神社」入り口

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本殿

創建は1523年(大永3)で、天照大神などを祀っています。「喚續神明社しんめいしゃ」という通り、お伊勢さんと同じ「神明造り」をしています。

 

縁起によれば、「神社西の海岸堤防が何度も決壊し、お伊勢さんに1万回のお祓いをしてもらったところ、神徳があって堤防が完成した」と書かれていました。い、1万回のお祓い?にびっくりしますが、神社はお伊勢さんの方を向いて建てられています。

 

さて、1632年寛永9)の旧暦8月の話。深夜に塩田で塩造りをしていると、突然、隕石が空から降ってきたそうです。落ちた『星石』は庄屋さんの家に保管されていましたが、1829年(文政12)にこの喚續神社に寄進され、現在では同社のご神体となっています。

 

実物を見れると嬉しいのですが、写真などで見ると重量約1kg。大きさは約14㎝×8㎝×7㎝というサイズ。落ちた場所の名から「南野みなみの隕石」と呼ばれています。

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神社と隣り合わせの「紗羅餐本店」

(因みに「喚續社」の隣りは、名古屋で有名なお蕎麦屋さん「紗羅餐さらざん本店」になっています。上品なお蕎麦で人気のお店で、「喚續社」とセットで行くといいかもしれません。)

 

②『星宮社』と「尾張氏おわりうじ

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「星宮社」

「喚續社」のすぐ近くにある「星宮社ほしみや、ほしのみや」です。こちらも『星』にまつわる伝説のある神社です。社説では637年(舒明天皇9年)に、「七星が降り、神託があったので社を建てた」という説明がされています。(「七星が降り」などという文言を読むと、後から「妙見信仰」が入ってきたのかな?という気がします)

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「星宮社」本殿

「星宮社」のご祭神は「星」の神社にふさわしく、星の神天津甕星あまつみかぼし神」を祀っています。

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境内 「上知我麻かみ ちかま社」「下知我麻しも ちかま社」

境内にある上下「知我麻ちかま神社」です。熱田神宮に同じ名前の神社がありますが、その元宮といわれています。今は「星宮社」ですが、もともと最初にあったのはこの「知我麻神社」であったかもしれません。

 

もともとこの辺り(笠寺台地)は、「松巨嶋まつきょじま、まつごじま」と呼ばれた島状の土地で、尾張の古代豪族「尾張氏おわりうじ」が住んでいた場所といわれます。

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赤丸が「松巨嶋」の辺り。突端に「星崎」の地名が見える

(ここから近い)熱田神宮そばの「白鳥しらとり古墳」「断夫山だんぷざん古墳」などの主ぬしも「尾張氏」とされ、「上知我麻社」に祀られる「乎止與命おとよのみこと*1も同じく「尾張氏」です。

尾張氏が住んだ「星崎」の地は、当時は星がよくみえる風光明媚な岬だったのかもしれません。

 

③『星崎』の地名と伝承

 

『星崎』という地名は、平安時代の記録にはすでに見えるということでした(文献が不明で申し訳ない)。「星が落ちた出来事・伝説」が『星崎』の地名の由来というのですが、ちょっとモヤッとする感じもあるので年代順に並べて書いてみます。

【『星崎』の星の伝説】

 

①637年(舒明天皇9年) 「七星」が下り、神託があって「星宮社」を建てた(社説)

②935年(承平5年) 「隕石が落ちた」という伝承がある。(wikipediaより)

③1205年(元久2)5/24 入江に明星が降りる。(wikipediaより)

④1632年(寛永9) 「南野隕石」落下。(事実。物が残る)

 

この中の③は注目してもいいかもしれません。日付がはっきりしていることと、海中に落ちたので隕石の回収はできなかったのかもしれません。

 

こうしてみると、やはり岬の突端で「星が見えること」。また、「星崎」は塩田が盛んで昼夜関係ない作業の中、「流れ星」なども目にしやすかったのかもしれません。「隕石」も実際落ちたし、(隕石は置いといても)「星」がよく見える美しい土地だったのだろう、ということで個人的には解釈をしました。

 

④『星崎』のお土産

 

最後に星崎のお土産を紹介したいと思います。「隕石」があれば1番嬉しいのですが、昔の製塩に因んだお菓子を買ってきました*2

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「星崎の塩浜」の包装紙(江戸時代の塩造りの様子)

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塩竈」5個と「温石」5個のセット(1箱1500円)

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【左】塩竈しおがま 【右】温石おんじゃく

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塩竈」はシナモン風味

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「温石」は、白い餡が入っています。

両方ともほどよい甘さで柔らかくてとても美味しかったです。「温石おんじゃく」って隕石のことかな?と一瞬思ったのですが、昔、カイロ代わりにしたり、製塩の際に使った「」のことなのだそうです。昔に思いを馳せながら、美味しく頂きました。

こちらは本星崎町の『本松』さんというお菓子屋さんのお菓子になります(食べログ『本松 本店』)。

 

最後に(星降る土地)

 

‥ということで、「星崎」の地名に関連する「喚續神社」「星宮社」を見てきました。私の他にも「隕石の話」にロマンを感じる人はやはりいるようで、同じ目的で「星崎」を訪れる人もいると聞きました。こんなに色々と伝承があるのですから、もっとアピールして町起しにも使ってもよさそうな気もします。

時期的にはやぶさ2」のカプセルの回収もあり、少しワクワクして、星崎では手に入れれなかった隕石をこの後、買ってみました。

またそれも載せてみたいなと考えつつ、以上、「星が降る土地『星崎』【隕石を御神体にする『喚續よびつぎ神社』】【星宮社】」でした。ではまた!

*1:ヤマトタケルの妃になった「宮簀みやづ姫」の父とされる。

*2:この辺りの塩は「前浜塩」と呼ばれ、ブランド塩だった。