物欲子(ぶつよくこ)のブログ

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(おもに)物欲ぶつよくの記

(岐阜県恵那市)明知町(あけちちょう)ってどんなところ?

今回は(前回、岩村町に行ったあと訪れた)明知町について書いていきます。

明知町(あけちちょう)ってどんなところ?

 

明知町は名古屋から車で1時間半位(電車だとJRと明智鉄道を乗り継いで2時間位)の

ところにあり、「山の中に突然町が出現したぞっ!」っていう印象の町です。

人口は約5500人。

 

 前回の旅行のつづき ↓

butuyokuko.hatenablog.com

 

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明智鉄道路線

出典:路線図 - 明知鉄道

明智町岩村町からさらに南に行った終着の駅。

 

明知町で有名な3つのもの

 

1つは「大正村」

古きよき大正時代の街並みを生かした観光地として、「明知町=大正村」として知られています。

2つ目は明知の地名の通り、明智一族(明智光秀や)との関連。

明知町にある「明知城」は光秀が生まれたところという伝承も。

(光秀の生誕地は岐阜各地にあってはっきりしない。いったいどこで生まれたんでしょう?)

3つ目は南北街道と中馬街道の2つの街道が交差する街道の要衝の地として。

交差路からそれぞれの方向へ(北:木曽路 南:岡崎 東:長野 西:尾張)とつながり、明知自体も栄えていました。

 

明智城」 かっこいい山城の跡

 

大正村のレトロな街並みから遠くない所、町の東側に明智城があります。

整備されてて登りやすいし、当時の遺構がよく残ってていい山城跡でした。

突然、大竪堀(おおたてぼり)というすごい遺構が出てきたり‥。時間があればもっと探検したかったな~(この日は急いでたから弾丸ツアー)

 

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山頂の本丸から

 

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麓まで続く竪堀の遺構 かなりの迫力

 

麒麟がくる 大河ドラマ館」(大正ロマン館)

 

町の中心大正ロマン館」の1階が、大河ドラマ麒麟がくるのドラマ館になっていました(会期は来年の1月まで)。

新型コロナじゃなきゃ連日盛況で、明知町は明知光秀フィーバーでにぎわってたのでしょう、不運です。

入館したのが閉館前というのもあって、私一人だけで光秀ファンの発見はできませんでした(残念)

(展示内容はドラマで使った衣装や俳優さんのインタビュー上映でした)

 

大正ロマン館」の情報

住所:恵那市明知町1304-1 営業時間:9-17時

入館料:大河ドラマ館のみ(400円)、ドラマ館+大正ロマン館(570円)

 

気になる「交通の要衝」

 

もう、『交通の要衝』って響きがすでにステキですね。

 

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交通の要衝の場所

写真奥の(東へ行く細い道)が中馬街道(長野へ)

左から右へ行く道が南北街道(木曽ー岡崎間)

今の感覚からすると、中馬街道が激細です。

正直、「えっ、ここが?」と思ってしまいました。

でも、その昔は車の通行じゃなかったんだものね。

(1日の交通量はどれ位だったのでしょうか?興味ありますね)

ここを織り物等の積み荷がそれぞれの土地へと運ばれていったわけですが、物資輸送の大動脈だった昔を想像をするのは少しむずかしいなぁ。

すぐ近くには「うかれ横丁」(当時の繁華街)もあって、想像をする手助けをしてくれます。

 

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見よ!南北街道の急な曲がり

生糸で栄えた時代があった

 

江戸時代からの街道筋でにぎわい、明治から大正にかけては生糸の産地として栄え、かなりの羽振りの良さだったそうです。今ある建物も生糸景気時代の名残りだとか。

 

シルバースタッフと大正時代

 

ここ明智町岩村町と同じシルバースタッフが多い町でした(入館施設など)

高齢化は岩村町と同様のようです。

大正村が開村した昭和58年は大正生まれの人もまだ多かったろうから、

大正村が「懐かしい場所」として見に来てもらえた、と思うのです。

今、大正生まれの人って100歳近いはず。今の人には大正時代、興味をもってもらえてるのかな?

 

岩村明智 距離の近い2つの町の個性

 

旧来の『城下町岩村』。大正時代をアピールする町『明智

ごく近くにありながら、個性がある2つの町。

明知町の良いところは自分の町の良さを上手にアピールして「ただの町にならなかった」ところ。

過疎化に危機感を持った町が、大正村としてアピールしていく事を決めて、観光地化を進めたそうです(それまでは、観光客がくる場所じゃなかったそうだ)

 

大正村の村長に、高峰三枝子さんや竹下景子さんらを招いたり、観光地としての整備(観光施設を作ったり)を進めた。町が生き残るためのその工夫が尊いと思う。

過疎だの高齢化だの地方自治体が生き残る道は、やはり個性やアイデアなのだ!

 

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整備された大正路地

観光地よありがとう

ただ観光するだけじゃなくて、ここが今どんな現状か少しでも知ってもち帰れるとよいなぁ、と思うのです(なにか手伝えることもあるかもしれません)。

実際に行かないと興味を持たないし、まずは知ることからはじめよう。

 以上です。ではまた~。